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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆2章

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あやかし祓いの目的 (4)


「化け猫さん……ですか?」


 パチパチと寧々子が小さく拍手をした。


「ご名答です。お初にお目にかかりますね、妖狐のお嬢さん」

「は、はじめまして! 驚きました。化け猫さんが人間の町にいるなんて……」

「信じられないでしょう? 先の人間との大戦で化け猫は滅んだとされていますからね」


 環は遠慮がちに頷く。信じられなくて当然だ。

 化け猫の存在は有名なので知ってはいたが、環は今まで一度もその姿を目にしたことがなかったのだから。


 あやかしと人間の共存協定が崩壊したのは人間歴で100年前。人間より時間の流れが遅いあやかし歴でいうと20年前。

 人間側があやかし側に仕掛けてきた戦争が事の始まりだ。

 あやかしの住処だった一帯が火の海となって失われ、人間側でもかなり焼失したその大戦は大火(たいか)厄災戦(やくさいせん)と呼ばれている。


 当時、人間に一番近しい関係で暮らしていたのが化け猫たちで、人間と最も友好的なあやかしとも言われていた。

 しかし厄災戦の最初の犠牲者は化け猫たちで、人間も出入りしていたために場所が知られていた化け猫の里は最も早く炎に包まれた。その結果、化け猫たちは絶滅したと――。


 今も生き残っているあやかしにとっては、化け猫たちの末路は悲痛な周知の事実だ。

 人間と良好な関係を築く橋渡し的存在だった化け猫たち。その名誉は語り継がれ、人間に裏切られた彼らが無念でならないと妖狐の里でも教えられてきた。だから環も存在だけはよく知っていたのだ。

 そんな化け猫が、今目の前で生きている。驚きが徐々に落ち着くと、奇跡的な出会いに環の目が潤んだ。


「ご無事な方がいたんですね……! よかったです!」

「ええ、なんとか。でも……生き残ったのはおそらく私だけです」

「そんな……」


 諦めたように表情が曇る寧々子だが、話しながらも環の袴下帯を丁寧に結い終えてくれた。すっと背筋が伸びて気も引き締めさせられる。

 環は袴の紐も結んでくれる寧々子の顔を直視できずに、気まずい顔でありがとうございますと小さくお礼を告げた。


 かける言葉が見つからなかった。絶滅されたと言われる中で生き残った状況に、軽々しく「よかった」と言ってしまった自分が恨めしい。

 どう考えても、寧々子は死線をくぐり抜けてきたのだ。生き残っても一人きりになったと知ったときの心中を想像すると、自分なら絶望に値する。

 もしかしたら、生きている方がつらかった可能性もある。そう思うと胸が張り裂けそうになった。


 環が沈んでいることに気付いたのか、寧々子が環の背を優しく叩く。顔を上げると、安堵したように笑う瞳が環を窺っていた。


「私は運がよかったのですよ。あの日、颯様のおかげで命拾いしたのです」

「颯様って……さっきのあやかし祓いさんに?」

「はい、颯様が私を助けてくれました。だからこそ今、こうして生きていられるのです。大戦後も、行く宛がない私をずっと匿ってくれているのですよ」


 そう語る寧々子は、颯に信頼を置いているようだった。惑わされて盲信している様子でもない。

 現に、生き残りの化け猫の存在が今まで明るみに出ていない時点で、颯が寧々子を保護していたのは明らかだろう。


 化け猫の里が失なわれるのと同時に、他のあやかしも大戦中に散り散りに住処を離れている。

 今でこそ妖狐など一部のあやかしは精気を求めて人間の里に侵入しているが、大戦直後は寄り付くことすらしていなかったと両親から聞いている。

 他のあやかしすらいない状況で人間の里をうろついてしまえば人間に容易く見つかっただろうから、そんな中で一人生き残った化け猫が暮らすのはさぞ大変だっただろう。そう考えると颯の助けは大きかったに違いない。

 

 あの人、昨日助けてくれた理由を聞いたときは気まぐれとか言っていたのに。過去にもあやかしのことを助けてくれていたらしい。

 あやかしに慈悲を与えてくれた感謝の思いが湧くが、あやかし祓いでありながらあやかしを助けるなんてやっぱり変な人の印象が強くなる。


 そう考え込んでいたときににふと、10年前に神社で出会った少年のことが頭を過った。

 彼もあやかし祓いの鐘を使えていたから、あやかし祓いだったはず。あやかし祓いなのにあやかしを祓わない、稀有な存在。一度だけでなく二度もそんな人間に出くわしたのが不思議でならない。


 ……まさか、いや、でも。

 淡い期待が心中をざわつかせたけど、それはあり得ないと冷静さが勝った。


 あやかしの環が生きてきた10年は、人間にとっては50年経っている。あの少年は10代くらいだったから、今はもう60代になっているはず。さすがに颯はそんな年齢には見えなかった。見た感じ颯は今の環より少し歳上ぐらいだろうか。

 同一人物だと思うにはさすがに無理がある。だけど、もしかしたら。


「あの、寧々子さんはつまり、ずっとこのお(うち)で颯さんと暮らしてお仕えしてきたってことですか? 颯さんのご家族には正体がばれたりはしていないんですか?」


 もしかしたら……颯の父親があの少年の可能性はないだろうか。そんな疑問が浮かんで、もし予想が当たっているなら颯が家族ぐるみで寧々子を匿ってくれたという流れもあり得るような気がした。

 それを確かめるために問いかけたのたが、寧々子は気まずそうに眉を下げてしまった。


「その経緯を話そうと思うと長くなりそうですね……。今言えるのは、この邸宅には颯様しか暮らしていないってことですかね。私を匿ってくれているのは颯様の独断です。ご家族にも存在を隠してくれています」


 予想は見事に外れていた。驚愕する環に寧々子は穏やかな口調で続ける。


「環様はあやかしの私にも本当によくしてくれまして……。今こうしてお仕えしているのは、恩返ししたい私の意思なんですよ」


 そこまで言って、寧々子の顔がふと真剣さを帯びた。懇願するように環を見つめてくる。


「……颯様のこと、簡単には信用できないのはわかります。でも、必要以上に警戒しないであげてほしいです。私は昨晩の出来事も教えていただいております。あなたを連れて帰ってきたのも朝食に誘ってくれているのも、すべてご厚意なのですよ」


 颯の取引の誘いに裏があるのではと疑っていた環は、寧々子に見透かされているような言葉にばつが悪くなった。

 環だって人間に助けられた経験があるのだから、よく考えたら寧々子が颯に信頼を寄せる気持ちは理解できる。

 あやかしの寧々子さんがそこまで言ってくれるなら、取引の内容もきっと大丈夫だよね……?


「すみません、ちょっと気にしすぎてましたね」

「いえ、私こそ環様の事情も知らないのに出過ぎだ真似をしてしまいました……!」


 環が頭を下げると寧々子も申し訳なさそうにお辞儀をした。互いに顔を見合わせて、どちらともなく眉尻を下げる。


「寧々子さんのおかげで気が晴れました、ありがとうございます。せっかくなのでお言葉に甘えて、朝食をいただこうと思います」

「ぜひ! 颯様も喜ばれます!」


 寧々子が嬉しそうに笑う。無邪気な笑顔は少女らしい可憐さがあった。素直で印象のいい彼女を見ながら、環は仲良くできたらいいのになとひっそりと願った。


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