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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆2章

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あやかし祓いの目的 (1)


 環がベッドの上で寝返りを打ち、ゆっくりと瞼があがる。

 やけに今日は布団がふかふかしているなと思いながらぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、その違和感のおかげで意識が唐突に覚醒した。慌てて飛び起きると、そこは見知らぬ洋室だった。


「ここはどこ!?」


 見慣れない場所で目覚めて困惑する。

 深紅の布団カバーに包まれた大きなベッドで環は眠っていたらしい。ベッドサイドにはステンドグラスのようなランプがあり、黒革の重厚なソファーや木目調の丸テーブルとお揃いの椅子といった調度品も揃っている。

 深緑のカーペットや藍色の壁紙がこの部屋を落ち着いた雰囲気にしていた。


 おそらくどこかの客室だろう。しかしどうしてこんなところで……と思ったところで、昨夜の記憶が甦った。あのあやかし祓いの男性に横抱きにされたときの驚きが脳裏を過る。


「……そうだ! あの人に催眠術をかけられたんだった」


 油断していた。抵抗する間もなく、あんなにあっさりと眠らされちゃうなんて……!

 自分の情けなさに項垂れる。

 格子窓の外に目を遣ると、すっかり外は明るくなっていた。朝の柔らかな光が室内に射していて、ますます自身への不甲斐なさが募る。


「もう陽が昇ってる……。私ってば、どれだけ寝てたのよ」


 自嘲しながら呟くと、ベッドから下りて乱れた布団を整えた。改めて室内を見て回るが、どれも手入れが行き届いている質のよさそうな調度品ばかりだ。

 あやかし祓い隊を直轄している和輪国の軍に連行されて収監されたわけではなさそう。


 まさかここ、あのあやかし祓いの家だったりしないよね?

 眠らされる前に策とか上手く誤魔化すとか言われたような気がするから、他のあやかし祓いに見つからないように連れてきてくれたってところだろうか。

 うーん、と唸るように考え込みながら、無意識に寝癖がついた髪を手櫛で梳いていた。その指先が後頭部に触れたとき、いつも髪につけているはずの桜型の髪留めに指先が当たらずにすとんと落ちる。髪留めがないと気付いてハッとすると、環は自分の身体を見下ろして狼狽えた。


「嘘……服装が変わってる」


 環の身体を包んでいるのは、ゆったりとした生成りのワンピース型の寝間着だった。動揺して辺りを探すけど、髪留めだけでなく環が着ていたはずの着物や袴も見当たらない。

 えっ、変化の術が解けたってこと!? ……でも待って、それなら身体も人間じゃなくなっているはずよ。服装も変化の術で同時に作っているのだから、身体だけ人間のままで服装だけ消えちゃうなんてことはないはず。


 疑問が絡まって混乱が一気に膨れ上がった。


「そもそも私、なんでまだ人間の姿を保てているの?」


 人間に変化したのは昨日の早朝。もう丸一日以上経っている。

 おまけに昨夜は男たちに幻術をかけるために妖力を激しく消耗した。本来なら、とっくに妖力の限界を迎えていてもおかしくない。


「……なんで?」

「僕の精気を吸収した影響だろうねー」

「!?!?!?」


 背後からにこやかで間延びした声が降ってきて、環の肩がびくりと派手に震えた。

 ものすごい勢いで客室の隅まで逃げ、バクバクと暴れる胸を押さえながら恐る恐る振り返る。

 あやかし祓いの男性が、どこか楽しげな笑みを浮かべて佇んでいた。一体、いつの間に部屋に入ってきていたのか。


「おはよう。それだけ元気ならよく眠れたみたいだね」

「よ、よく眠れたというか、あなたの催眠術のせいで寝ちゃってたんですっ! それより、いつからいたんですか!?」

「君が自分の身体をぺたぺた触ってるときかな。見事な百面相で面白かったよ」


 にこにこと面白がるように笑われた。環は目を細めて難しい顔になる。

 黙って見ずに、さっさと声をかけてくればよかったのに。この人、ちょっと性格悪いかも……。

 それに、気配を消すのが上手すぎる。目覚めてから動揺することばかりでろくに気を張れていなかったとはいえ、さすがに普通なら部屋に人が入ってきたら気付ける。この男性はわざと気配を消して環の反応を窺おうとしていたように思えた。


 昨日は気まぐれとか言って助けてくれたみたいだけど、何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

 警戒して顔を強張らせる環を見て、男性はふっと胡散臭い笑みを浮かべた。危うい雰囲気に環は小さく身震いする。


「そんな警戒しないでよ。別に取って食ったりしないさ。むしろ、君の方が僕の精気を吸収してたじゃないか」

「……私が、精気を?」


 あっけらかんと言われたことに、環はきょとんとしてしまう。そういえばさっきも、僕の精気をとか何か言っていたような気がする。だけど環にはその自覚がなくて、疑いの眼差しを向けてしまった。


「あれ、覚えてないの?」

「……すみません、眠らされたのが最後の記憶です」

「そっか、じゃあ無意識にだったんだな。君、眠ったあとに僕から精気を吸収していたんだよ。よっぽど妖力を欲した状態だったんだね」


 顎に綺麗な指を当てながら独りごつ男性を見たまま、環は絶望を顔に宿した。

 無意識に精気を吸収していた……? そんな経験は初めてだ。

 今までは精気を目の前にしても意図して吸うことを避けきたし、身体が勝手に吸収しようとするときも必死に避けて拒んできたのだから。おかげで一人で人間の里に赴くようになってからは精気を吸ったことは一度もなかった。


 だけど、状況的にはおかしくないし理解できる。あのときは直前に我を失い、あの大男たちから精気を奪おうと思ってしまっていた。普段なら歯止めが効いていたけど、妖力を使いすぎたあとだから妖狐の本能が妖力を補うために精気を欲していたのかもしれない。


 眠って制御が効いていない間に、果たしてどれだけ奪ってしまったのだろうか。未知数の出来事に胸騒ぎがした。

 慌てて男性に駆け寄り、腰や胸元、背中や腕などに無遠慮に触れながら異常がないかを確かめる。

 男性にとっては環の行動は随分不可解だっただろう。ぎょっとして上擦った声を出した。


「ちょっ、なに、いきなり!」

「どこも怪我してませんか!」

「怪我? 何もないよ」

「外傷だけじゃなくて、麻痺や関節の痛みとか、何かしらの不調は!?」


 男性の身体にくまなく触れていた環の手は徐々に上がっていき、滑らかな男性の両頬を包むように触れて止まる。顔を上げると互いの息がかかるほどの距離で目が合った。顔色は悪くないが、余裕を取り繕えていないみたいに揺れる瞳が環を見ている。

 心音が波打つ音が大きく聞こえた気がして、ようやく環は自分が大胆に身体に触れていたと気付いた。

 手を離してさっと距離をとる。男性が気を取り直すように咳払いした。


「……えっと、君が心配してくれているような不調はどこにもないよ。ほら、見てごらん」


 男性はそう言いながら足首を回し、軽々と膝を上げた。それから何の滞りもなく両手を握って開くところや腕を曲げられるところを見せてくれる。強がって誤魔化しているような様子はない。

 目の前の男性が昨日見たときと変わらず健康体であるとわかり、血の気が引いていた環の顔に安堵が込み上げた。


「よかった……!」


 泣きそうな震えた声に自分でも驚く。だけど、漏れた言葉は本心だった。


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