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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆1章

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10/12

桜と焔 (10)


 男たちはお互いの顔を確認しながら困惑の色を濃くする。環は呆れながら息を吐いた。


 当たり前じゃない。あんなのはあくまでもまやかし。脅して怖がらせるのが目的なのだから、実際に傷つけたりはしない。

 両親や兄たちぐらい妖力が強い妖狐なら実害も可能だけど、そもそも環の妖力では異空間を作るだけでも手一杯なので攻撃性の高い術は使えない。たとえ使えたとしても、怒りが湧いていたとしても、妖術で人間を傷付けたくはないけど……。


 あやかし祓いが口元だけで笑う。


「大袈裟な嘘はやめてくださいね。お嬢さんにも失礼ですよ」

「んなこと言われても!」

「ほんとに襲われたんだぞ! ちゃんと調べてくれ!」


 取り巻きたちは必死の形相で自分の身体と環を指差して訴えるが、あやかし祓いは駄々をこねる子どもをあしらうようにやれやれと両手を軽く上げた。その手には蒼い火の玉が掲げられたままで、風も吹いていないのにゆらりゆらりと震えていた。


 環はその火の玉に不気味な気配を感じて心の奥がざわついた。

 大男も何かを感じ取ったのだろうか。訝しげな顔つきになる。


「……なあ、あんた。だったらなんで、異能とやらでその火の玉出してるんだ? あやかしを祓うために、異能っていうのは使うんだろ? 俺たちを助けに来てくれたんじゃねぇのか?」


 一瞬、沈黙が訪れた。誰もがあやかし祓いに目を向ける。

 全員の視線を一気に浴びたあやかし祓いは特に動じることもない。むしろ胡散臭い笑みを浮かべて、手のひらと空中に漂わせている火の玉たちに緩慢に視線を動かしていった。


「……ああ、これですか? 暗いので灯り目的ですよ――それと」


 あやかし祓いが火の玉を握る。もう一度手のひらを開くと同時に、男たちの身体が突如蒼い炎に包まれた。


「ぎゃああ!」

「うおおお!」

「ぐわああ!」


 三人の悲鳴が同時に境内に響き渡った。 消火を試みているのか地面に体を擦りつけてごろごろとのたうち回る。


「――くずどもを燃やすためだよ」


 あやかし祓いが不敵に笑った。高揚しているように爛々と輝く蒼い瞳で三つの炎を見つめている。

 バチバチと激しく鳴って燃え上がる目の前の凄まじい光景に、環は唖然としながら震えていた。


「あちぃ! あちぃ!」

「なんだよこれ、消えてくれねぇ!」

「なんで俺たちが燃やされてるんだ!?」

「心当たりならあるだろう」


 騒ぐ男たちにあやかし祓いは間髪いれずに言った。それでも男たちは自分たちに非はないと訴えるかのように首を振りながら炎から逃れようと暴れる。


「何がだよ!! もうやめてくれー!」

「やめてほしいと叫べば助けてもらえると? 自分たちはよってたかって一人の女性を襲っていたくせにな」


 地面に転がる男たちを見下ろす。話し方は大人しいのにあやかし祓いの口から出る言葉はどれも冷たく感じて、離れて聞いている環にも彼の怒りが空気を通して伝わってきた。


「さっき警備でこの付近を見回りで歩いてたら、神社の方から女性の悲鳴が聞こえてきてね。慌ててここに向かってみたら、泣いている女性が階段を駆け下りてきた。彼女に言われたよ。暴漢に襲われていたら女の子が自分を逃がしてくれた、でも相手は三人の男で、今度はあの()が危ない。早く助けてって。だからその女性は一緒にいた仲間に任せて、僕がここに来たってわけ」


 あやかし祓いがここに来るまでのいきさつを聞いて、環はほっと息を吐いた。よかった、あの人は無事に逃げられたんだ。

 おまけに自分のことまで気にかけてくれたらしい。同じ人間でも、この下衆な男たちとは大違いだ。心の中で女性に感謝を述べる。


「おまけに僕がここに到着したときには、おまえらがこのお嬢さんを取り囲んで首を絞めていた。こちらとしては、おまえたちに非があるんだよ」


 あやかし祓いにそう言われても、男たちは何も言い返さなかった。いや、もう悲鳴さえ上げられずに、炎に包まれたまま地面に転がって動かなくなっていた。あやかし祓いの声はもう届いていないだろう。


 地面に寝かされた状態でその様子を見届けた環は、這いつくばってあやかし祓いに近付いた。上半身を起こして、彼のスラックスの膝辺りを引っ張る。


「もう、やめてあげて……。気を、失ってる」

「そうみたいだね。ぎゃーぎゃー喚いていたわりに呆気なかったな。たいして根性ないね」


 あやかし祓いが鼻で笑いながら手に掲げていた火を消すと、男たちを包んでいた炎も消えた。着物が燃えた痕跡もなければ露出している肌のどこも火傷していない。ただ、泡を吹いて気絶しているだけだ。


 環と同じで、見せかけの幻術だったのだろう。男たちは熱がっていたけど傷一つなかった。この男性の実力なら実際に燃やせそうだけれど。


「……優しいんですね」


 ぽつりと、口から素直な言葉が出た。男性はきょとんとした顔で環を見たあとに大袈裟に肩を竦める。


「それ、君が言う? あやかし()からしたら、人間なんて仕留めてもいい相手だろ」


 痛いところ突かれて眉間に皺が寄る。あやかし側が人間を憎むように、人間側から見たあやかしの印象はその程度なのだ。

 反論もできないのが悔しい。


「……でも、君はそうしなかった。まあさすがにあれ以上妖力を使っていたら暴走しかねない状態だったから、強引に止めさせてはもらったけどね。代わりに僕が懲らしめておいたし、被害女性の証言もあるから軍の本部に連行すればしかるべき処分が下るだろう」


 呆れたようなため息をついたあやかし祓いが膝をついて屈む。そして自分が着ていたケープコートを脱ぐと環に羽織らせた。

 至近距離で目が合う。彼の瞳の色はもう蒼くなかった。しかし透明感のある真剣な目に見つめられて、その真っ直ぐさに胸の奥がどきんと跳ねた。

 男性が頭を下げて目線が外れる。


「礼を言う。人間の女性を助けてくれてありがとう。……そして、あの男たちに代わって謝る。怖い思いをさせて申し訳ない。君を止めるためとはいえ、鐘を鳴らした僕も申し訳なかった」


 予想外の態度と言葉にぎょっとしてしまった。首を横に振って否定する。


「え、そんな! 謝らないでください! 助けたのは私が勝手にしたことだし、別に怖かったとか思ってません。むしろあの男たちが偉そうで気に入らなかったから、ちょっと懲らしめようと妖術使っちゃったわけで……。頭に血がのぼってやりすぎてた気もするし……」


 冷静になって自分の行いを省みると、異能を持っていない相手に対して容赦なかったなと思う。いくら女性を強姦しようとしたり環に対しても脅迫しようとも、所詮は威張って強者ぶるだけで妖狐の環からすれば屁でもない相手だった。


 だから、簡単に環の方が優位に立てていた。怒りのままに妖術で翻弄できていた。

 この人が止めてくれなかったら、きっと我を見失ったままだっただろう。あのままでいたら、どれだけ精気を吸い取っていたかわからない。


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