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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆1章

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桜と焔 (1)


 人里の外れにある小さな神社。社のそばに聳え立つ桜の大木は満開で、暗闇の中でその輪郭を照らし浮かび上がらせているのは、空中にいくつも浮かんでいる蒼い火の玉だ。

 蒼く神秘的に揺らめく火の玉を右手に掲げた男がゆっくりと振り返る。

 黒い詰襟の軍服に深紅のケープコートを羽織っている長身な姿で、緩く癖がある黒髪が夜風にさらりと流される。


 ――あやかし祓いだ。


 目眩のせいでろくに動けず地面に横たわっている九条環(くじょうたまき)はあやかしの妖狐である。このままでは祓われると危機感を募らせた環は、あやかし祓いを見上げながらどうにか身体を動かそうと試みた。

 しかしぐらりと視界が揺れて耳鳴りに顔を歪める。まずい、やられちゃう。


「そんな怯えた顔しないで。君を傷つけるようなことはしないよ」


 身構えてきつく目を瞑った環の耳に届いた、あやすような優しい声。恐る恐る確認した男の顔には、声色に不似合いな胡散臭い笑みが貼りつけられている。


「大丈夫――子狐ちゃん、君のことは守るから」


 力強く言いきった男の瞳が蒼く光る。男が手にしている火の玉が映り込んだのかと思いきや、さっきまでは黒曜石みたいに暗かったはずの瞳が蒼い宝石みたいに輝いていた。


 瞳の煌めきに呼応するように火の玉が揺らぐ。

 その様が美しく、環はあやかし祓いの意図がわからないまま思わず見とれてしまっていた。



 ◆ ◆  ◆



 平屋の木造商店が建ち並んでいる路地裏から、環はそろりと顔を出して大通りを窺った。日が暮れて灯された赤い提灯の下を多くの買い物客が行き交っている。屋台の網焼き台から香ばしい炭火の香りが煙となって立ち上ると、人波がそちらに引き寄せられていった。


 そんな人たちの容姿を入念に観察した環は、一度路地裏に引っ込んで自分の身体を見下ろした。

 大丈夫よ、今日もちゃんと人間に変化(へんげ)できてる。

 淡い桜色の小振袖に藍色の行灯袴を合わせた格好は買い物客たちと色ちがいなだけだ。焦げ茶色の長髪はこめかみ側から後頭部へ寄せた頭の上半分だけ結い上げ、桜の花の形の髪留めでまとめている。確かめるように指先でそれに触れて、大袈裟なくらいの深呼吸をした。


 大事に抱えていた竹籠にぎゅっと力を込めると、覚悟を決めて路地裏から勢いよく飛び出した。

 すぐそばを通りかかった男性が突然現れた環に驚いて「うわっ」とのけぞって歩みを止める。環もぶつかりそうになって慌てふためきそうになるが、必死に満面の笑みを浮かべる。口角がぴくぴくした。


「あっ、あの! 薬草いかがですか?」

「や、薬草?」


 怪訝な様子の男性に押し付ける勢いで、環は抱えていた竹籠をつきだした。男性はちらりとそこに目を向ける。中には環が山で採取した薬草や山菜が山盛りに詰まっていた。


「こちら、天ぷらにするととっても美味しいんですよ! ほろ苦さが癖になる味わいでっ……!」

「は、はあ……」

「あ、山菜はいかがですか!? 油揚げと一緒に炊くと甘くてとっても美味しいんです!」


 必死すぎて早口に竹籠の中身を薦めてしまう。環の勢いに男性の顔が引きつるのを感じ、自らも笑って誤魔化そうとするがぎこちなさが浮き彫りになるだけだった。

 男性が半歩、さらに半歩と後退る。


「いや、遠慮しておくよ」

「え!」

「ごめんね」

「そ、そんなぁ」


 そそくさと逃げるように立ち去る男性の後ろ姿を眉を下げて見つめた。しかし一度の機会で諦めず、環は行き交う買い物客に次々と声をかけていく。


「あのっ、薬草はいかがですか?」

「ごめんね、急いでるんで」

「よければ山菜、買っていただけませんか!?」

「うーん、いらないかな」

「誰か、よければ……」

「邪魔だよ、どいてどいて!」

「あっ……!」


 急ぎ足の買い物客にぶつかられた拍子によろけて膝をついた。竹籠が手から滑り落ちて中身が地面に散らばる。

 早朝に採ってきてすでに萎びていたそれらを、買い物客の草履が無慈悲に踏んでいった。環が慌てて拾おうするが行き交う買い物客たちの足が続々と蹴飛ばしてしまってさらに周囲に散らばる。地べたを這うように移動している環の身体に何度も人々の膝や爪先がぶつかって痛む。

 かろうじて近くに残った薬草と山菜を拾ったけれどどれも土埃にまみれていて、売り物にするには見るも無惨な姿になっていた。


 行き交う買い物客は地べたに座り込んだ環の姿に一瞥するものの誰も関与はしてこない。喧騒の中で一人唇を噛む。めげずにいたいのに鼻の奥がつんと痛んだ。

 ……今日も、駄目みたい。ちっとも上手くいかない。


 感情の昂りに合わせて、尾骨と頭部が熱を帯び始めた。

 はっとした環が慌てて頭に触れると、毛並みのあるものが一瞬だけ現れて消えた。尾骨にも同じ感覚が疼いて去っていく。しまった、耳と尻尾が……! こんなところで術が解けるわけにはいかない。

 潤んだ目元を拭った環は汚れた薬草と山菜をそそくさと竹籠に投げ入れると、人目を逃れるように慌てて路地裏に引っ込んでいった。




 人里が密集し発展している和輪国(わりんこく)の東側を離れた環は、多くの原生林が残っている西側――その中でも人里から一番離れている山々へと向かった。人里の灯りも届かないほど遠く人間が滅多に寄り付かないその一帯は、人間たちには“迷い岳”と呼ばれているらしい。

 深く鬱蒼とした樹林の下には陽光がほとんど届かず、日中でも辺りは常に薄暗い。尾根や谷が複雑に入り組み高低差も激しいので遭難すれば生還は困難、だから決して一人で入ってはいけない…と、人里で親が子どもに強く言い聞かせているのを聞いたことがある。


 その迷い岳を、環は人間の姿のままものともせずに迷いのない足取りで進む。月の光が届かない暗闇を照らすために、妖術で小さな狐火を灯していた。橙色の狐火は目的地を示すように環の少し先を浮遊していて、環はそのあとを追いながら獣道を登っていく。


 やがて、周りの木々が途切れて岩肌が剥き出しになっている崖に突き当たる。環が躊躇いもせずにそこに一歩突き進めば、一瞬だけ空間が歪んで環を見えない結界の内側に通した。


 ぐにゃりと歪んだ視界の結界を越えると、人里とは違う慣れ親しんだ匂いと賑わいが押し寄せてきた。

 町並みや民家は人間が暮らすのとほぼ相違ない村だが、それぞれの家からは油揚げの甘く美味しそうな香りが漂う。

 提灯の代わりに狐火が灯りとなって里の至るところを淡く照らしていて、その下を行き来するのは狐の姿のままの妖狐もいれば、環のように人間に化けている者もいる。楽しげな笑い声が降ってきて瓦屋根の上を見ると、耳と尻尾が出ていて半分だけ人間の姿に変化している子どもたちがじゃれ合いながら遊んでいた。


 見慣れた妖狐の里の光景に緊張が解けて、環はようやく深く息を吸えた。

 もう大丈夫だろうと、隠していた耳と尻尾を出現させる。狐の姿でいれば妖力は一番強く保てるけれど、生活するには耳と尻尾以外は人間の姿に化けている方が何かと便利なので環も里の中ではそうしていた。


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