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トコノウタヒ  作者: しゅう


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第29章 国中連公麻呂

(カタカムナヒビキ マノスベシ アシアトウアン ウツシマツル カタカムナウタヒ)

まただ。

歌なのか?

誰か他人の記憶を覗かせる儀式なのか?

ん? なんの匂いだ。

嗅覚が現実味をおびてきた。

肺に突き刺さるような、焦げた土と、煮えたぎるあかがねの咽せるような臭いだ。

(……熱い。……重い。……この巨大な感じは何だ……)

「私」の意識が覚醒した瞬間、眼前にそびえ立っていたのは、天を突くような土の巨塔だった。いや、それは塔ではない。骨組みの上に幾重にも塗り固められた、祈りの「山」だ。

 

「公麻呂様! 公麻呂様、お聞きですか! 第五段の鋳込み、炉の火力が足りませぬ!」

誰かが肩を揺らす。視界がようやく焦点を結ぶと、そこには煤まみれになった職人たちの顔があった。

「私」が宿ったこの男――国中連公麻呂くになかのむらじきみまろ

汗を拭うことも忘れ、複雑に組まれた足場の上に立ち尽くしている。

(これが……大仏。……国家を、民の富を、すべて溶かして注ぎ込むという、あの「狂気」の正体か……)

公麻呂の記憶が「私」の意識と同化した。

公麻呂の瞳が捉えていたのは、仏の慈悲ではない。「質量」という名の怪物だった。

視界の下端には、泥を捏ね、薪を運ぶ何百もの人足が、蠢く黒い点として存在している。そこから視線を上に這わせれば、粗く削られた杉の足場が、複雑な幾何学模様を描きながら、白濁した空へと突き刺さっていた。


「公麻呂様、溶かした銅が型の中で滞っております! 湯の流れが、左の肘のあたりで止まったまま動きませぬ!」

職人の叫び声と共に、火の粉が舞う。

公麻呂は足場の梯子を、猿のような速さで駆け上がった。

一段昇るごとに、大気の温度が数度ずつ上がっていくのがわかる。木製の梯子は公麻呂の体重を受けて「ギ、ギィ」と悲鳴を上げ、高所に吹き付ける乾いた風が、公麻呂の頬にこびりついた煤を削り落としていく。視界のパースが歪み、大地の広がりが加速する。足元に広がる東大寺の境内が、平面の地図のように遠ざかっていく。


辿り着いた第五段の湯口。

そこには、煮えたぎる太陽をそのまま流し込んだような、黄金色の液体が渦巻いていた。周囲の空気は陽炎のように揺らぎ、覗き込むだけで睫毛が焦げるほどの熱風が吹き抜ける。

公麻呂は長い柄杓ひしゃくを手に取り、型の奥底、まだ見ぬ仏の「肉」となる空隙へと視線を凝らした。

外型の粘土越しに伝わってくるのは、骨まで焼くような微細な振動。

 

(……ここだ。この影の裏側で、銅が固まりかけている。湯が流れ込む道が、不純物の煤で詰まっているのだ……)

公麻呂は、目に見えない「立体の内部」を、指先の熱感覚と耳に響く振動だけで探り当てようとしていた。

それは、巨大な楽器の調律にも似た、神懸かり的な空間把握だった。外から見ればただの巨大な土塊だが、公麻呂の脳内では、その内部にあるわずか数寸の「空隙くうげき」が、血管の如き回路として透けて見えている。


「……炭を足せ。ふいごを休ませるな。銅が冷えれば、首の重さに胴が耐えられなくなるぞ。不純物を押し流すには、さらなる熱と勢いが必要だ!」

公麻呂の口から出た声は、低く、重い。

それは「私」の意志ではなく、この時代を生きる公麻呂自身の、技術者としての執念だった。

 

公麻呂は足場の端に立ち、遥か下方の炉を見下ろした。

炉から吐き出される炎が、まだ顔の描かれていない仏の顎のラインを、どす黒い影として浮き彫りにしている。

「私」は彼の網膜を通して、その影の中に、私が知っている「未来の形」を見た。

だが、今のそれは、ただ数万人の疲弊と、数百万斤の銅、そして一人の天才の精神を喰らい尽くそうとする、巨大な空洞でしかなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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