第24章 伝次
四条の辻を真っ赤に染め上げた火柱は、夜明けとともに静かに、しかし確かな煤の匂いを残して鎮まっていった。
かつて巨大な「文字の山」だった場所には、いまや膝の高さまで、真っ白な灰が降り積もっている。風が吹くたび、その灰は雪のように舞い上がり、民衆のボロ布のような服や、馬の毛並みを白く染めていった。
「……終わったんだな」
弥助が、力なく、しかし晴れやかな声で呟いた。
その手には、もう鎌は握られていない。代わりに、誰のものでもなくなった「無」の空間を、ただ見つめていた。
伝次は、愛馬の首筋を優しく撫でながら、ゆっくりと広場を見渡した。
そこには、昨夜までの狂気のような叫びはもうない。ある者は力尽きて灰の上で眠り、ある者は空になった蔵の跡で、自分たちの土地が解放されたことを静かに噛み締めている。
(……なんて、静かな朝なんだ……)
だが、その静寂を破るように、遠くで蹄の音が聞こえ始めた。
幕府の軍勢が、ようやく重い腰を上げて動き出したのだ。一揆の勢いに押されていた侍たちが、秩序を取り戻すために牙を剥こうとしている。
「伝次、早く行け! 幕府の連中が来やがる。坂本まで逃げ込めば、奴らも容易には手を出せねえ!」
弥助が促すが、伝次は動かなかった。
いや、動けなかった。
「弥助……あとは、頼むぞ」
伝次は馬の手綱を弥助の手に握らせた。
「俺は……ここでいい。この灰の中で、十分だ」
「何を言ってやがる、伝次! お前がいなきゃ、誰がまとめるんだ!」
弥助の叫びが、遠くなる。
伝次の視界は、次第に白く濁り始めた。降り積もった証文の灰が、まるでこの世界の理そのものを塗りつぶしていくように。
視界が完全に白濁し、音のない世界へと沈んでいく。
弥助の必死な叫びも、幕府軍の蹄の音も、降り積もる灰の静寂の中に飲み込まれて消えた。
(……ああ、終わるんだ……)
「……夢、か……」
(カタカムナヒビキ マノスベシ アシアトウアン ウツシマツル カタカムナウタヒ)
まただ。
これで終わりではないのか.........
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