第10章 鈴川琴葉
道場が閉鎖されてから、季節は一度巡り、冬の厳しい寒さが故郷の町を覆い始めていた。鈴川家から活気は消え、かつては多くの門弟の汗が染み込んだ稽古場は、今や冷たい木材の匂いだけを漂わせていた。
奥座敷から見える庭は、雪に覆われ静まり返っている。鈴川琴葉は、自分がかつて使っていた、道場を見下ろすことのできる自室で、ただ座っていた。
「私」は、依然として琴葉の意識に強く同調している。「私」の性別が女性であること、そして琴葉の肉体を持つことが、この家、この時代における女性の立場と、その中で武士として生きた琴葉の特異性を、痛いほど理解させていた。
琴葉の傍らには、愛用していた長刀が、真新しい黒塗りの木刀のように、ただそこに横たわっている。手入れは怠っていない。しかし、その刀を手に取る意味を、琴葉は見つけられずにいた。剣は、もはや「公の秩序を護る手段」でも、「父の教えの具現」でもなくなった。それは、「私が何のために生きてきたのか?」という、答えのない問いだけを刻んだ、ただの鉄の塊だ。
父、宗左衛門は、道場を閉鎖して以来、隠居部屋に閉じこもっている。彼は、生きてきた道全体を時代という名の暴力に否定され、深い無力感に苛まれていた。宗左衛門の姿は、琴葉にとって、「信念を貫き通した武士の末路」そのものだった。
「私」は、この家の静寂が、「武士階級という存在の静かな死」を意味していると感じた。それは、京で見た新徴組の崩壊よりも、遥かに重く、深い死だった。血を流すことのない、制度と時代の流れによる、精神的な瓦解である。
琴葉の母親は、口数が少ない人だった。道場が閉鎖されてからは、家の生計を立てるため、縫い物などの内職でわずかな銭を得ている。母は何も言わなかったが、その背中からは、武士の妻として生きることに誇りを持っていたがゆえの、言葉にできない哀しみと疲労が滲んでいた。
「私は、何もしていない。」琴葉は心の中で呟いた。
「私」の意識もまた、激しい戦闘や政治的な駆け引きから離れ、この無気力な日常の中で、徐々に「一人の女性」としての琴葉の肉体と生活に慣らされつつあった。男装をやめ、女性の着物を着る日々。剣の稽古で固められた体は、日常の家事労働の中で、ただ疲弊していくだけだった。
彼女の生を支えていたのは、かつて父から教え込まれた厳格な規律と、新徴組で培った強靭な精神力だけであった。しかし、その規律も精神力も、今は「何をすべきか」という具体的な目標を失い、ただただ時間を浪費する力となっている。
ある日、琴葉は母の内職の品を町に届けに出た。久々に外の世界に触れる機会だった。
京での戦乱の記憶が鮮烈だったため、故郷は時間が止まった場所だと錯覚していた。だが、町は静かに、しかし確実に変遷していた。
町には、「西洋化の波」が明確に押し寄せていた。
まず、目についたのは、一部の裕福な商人や、藩の役職を降りて新しい商売を始めた元武士たちが着ている洋装である。彼らの着る洋装は、琴葉の知る武士の着物とは違い、合理性と実利を追求した、動きやすくて無駄のない形をしていた。
「私」の意識は、その洋装を見て、「剣の時代が終わった」ことを視覚的に再確認した。剣を振るうために最適化された着物や武具が、もはや「非効率」なものとして時代から排除されつつあるのだ。
町の広場では、以前は剣術や武芸を披露していた場所で、新しい商売が始まっていた。「萬西洋物店」と書かれた看板の下には、ガラス製品、洋紙、そして何より目を引く西洋式の時計が並べられていた。
チクタク、チクタク――。
その時計が刻む音は、琴葉にとって異質な、不穏な音だった。それは、かつて新徴組の宿舎の窓から聞こえてきた西洋の汽笛の音と同じ、「剣では斬れない新しい時代の音」だった。
琴葉の心は、激しく拒否した。
「これは違う。私たちが守ろうとしたのは、このような、合理的で無機質な世界ではない。私たちは、もっと人間味のある、義と情に基づいた秩序を守ろうとしたのではないか。」
だが、現実は冷酷だった。新しい商売をしている元武士の一人、遠藤と名乗る男が、琴葉に話しかけてきた。遠藤は、宗左衛門の道場の門弟ではなかったが、藩の武術指南役を務めていた人物だった。彼は、すでに洋装に身を包み、手には西洋の革鞄を持っていた。
「鈴川の娘御か。久しぶりだ。道場を閉めたと聞いた。ご苦労だったな。」遠藤は、何の悪気もなく言った。「新しい時代だ。剣など、もう役に立たない。私は今、洋紙の輸入業をやっている。利は大きいぞ。」
遠藤の言葉は、琴葉の胸を深く抉った。彼は、武士の道を「役に立たないもの」として、何の躊躇もなく捨てたのだ。
琴葉は、宗左衛門の顔を思い出した。父は、「信念を貫いた結果、道場を失った」。遠藤は、「信念を捨てた結果、新しい実利を得た」。
この二つの姿が、琴葉の心の中で対立した。
「父は、信念を曲げませんでした。」琴葉は、精一杯の武士の矜持をもって答えた。
遠藤は鼻で笑った。
「信念? 鈴川殿は立派な方だったが、清廉すぎた。清廉さだけでは、家族は食えん。時代は、清濁併せ呑む強かさを求めているのだよ。新選組の連中が京で生き残ったのは、彼らに汚れる覚悟があったからだ。」
新選組。その名前は、琴葉の古傷を抉り出した。新徴組の清廉さが、彼ら(新選組)の汚れる覚悟に敗北した事実。そして、その敗北が、遠藤のような人々に「信念は無価値だ」と断言させる原因となった。
琴葉は、何も言い返せなかった。遠藤の言うことは、時代の真実であり、彼女が京で命を賭して体験した現実そのものだったからだ。
町からの帰り道、琴葉は、雪解けでぬかるんだ道で、大きな荷物を運んでいた老婆が足を滑らせて転倒するのを目撃した。荷物が散乱し、老婆は膝を痛めたようだ。
琴葉は、反射的に駆け寄った。
「大丈夫ですか。」
琴葉は、武士の訓練で鍛えられた体で、散乱した荷物をテキパキと拾い集めた。それは、重い米俵と、わずかな野菜だった。
老婆は、痛みと驚きで顔を歪ませていたが、琴葉の働きぶりに感謝の念を示した。
「ありがとうねえ、お武家様。いや、もう武士様じゃないのかいね。お嬢ちゃん、随分と手際がいい。」
その言葉に、琴葉は複雑な感情を覚えた。
「お武家様」ではない。「お嬢ちゃん」として、私は今、この老婆を助けている。
剣を握っている時には、彼女は「武士」だった。公の秩序を守るため、大義のために血を流した。しかし、その大義は崩壊した。
今、剣を置いた手で、彼女は目の前のたった一人の老婆を助けている。
老婆は、言った。
「あんたは、随分と強い体をしているね。剣を習っていたのかい?」
「はい。」
「もったいないねえ。その強さ、剣だけじゃなくて、もっと他のことに使えたら、町の人たちは助かるだろうに。」
この老婆の無邪気な言葉が、琴葉の心に、新しい扉の蝶番を軋ませた。
剣は、「公の秩序」を守ることはできなかった。だが、「武士の訓練で得た強さ」は、「目の前の小さな誰か」を助けることに、そのまま使えるのではないか?
琴葉が京で守ろうとした「清廉な理想」は、制度や大義の名の下では敗北した。しかし、それを剣ではない、個人の力として、「目の前の個」に振り向けるならば……。
それは、遠藤のような「実利」でも、父のような「孤高の理想」でもない、新しい道の予感だった。
家に戻った琴葉は、初めて自室で剣ではなく、自分の体を見つめた。
この体は、父の厳格な指導と、新徴組での過酷な訓練によって鍛え上げられた。この体は、武士の象徴であった。しかし、その強さは、武士の道が失われた今も、失われていない。
「私」は、琴葉の意識を通じて、その「強さ」が持つ、新しい可能性を理解した。
宗左衛門の教え、そして新徴組での経験は、無意味ではなかった。それらは、「武士」という枠を失った今、「一人の人間」としての琴葉を支える、普遍的な力として残っている。
彼女の心の中で、問いの性質が静かに変わり始めていた。
(私は武士として、何のために生きてきたのか?)が、
(私は一人の人間として、この残された強さを何に使うべきか?)へと。
この小さな、しかし決定的な問いの変化が、琴葉の「再生」の始まりだった。剣は時代に敗北したが、剣を通して得られた「力」と、「公のために尽くす」という精神の核は、次の時代へと形を変えて持ち越される。
彼女は、腰の刀を抱きしめるのではなく、自分の固い拳を見つめた。
故郷の町には、依然として貧困や治安の乱れ、そして新しい時代の混乱があった。剣を置いた彼女に、その混乱を収める「大義」はない。
だが、目の前の誰かを、老婆の荷物を、幼い子供を、個人の情と残された力で助けることはできる。
夜風に乗って、また遠くの汽笛の音が届いた。だが、以前のように異質な不協和音としては響かない。それは、新しい時代が始まる「合図」として聞こえた。
鈴川琴葉は、崩壊した信念の瓦礫の中で、新しい生の道筋を、静かに見つけ始めていた。
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