あたたかな灯りをともした部屋 ー 耐えるときの詩
誰かの声が
冷たい風に乗って
荒々しくあなたをたたく
けれどその風は
あなたの心に届かない
窓を閉じて
あたたかな灯りをともした部屋にいるから
あなたに投げつけられた
とげのある言葉が
あなたの周りに散らばる
けれどわざわざ拾わなくてもいい
拾ってとげに傷つくのは
愚かなことだから
痛みを選ばず
あたたかさを選ぶ
それは弱さじゃなく
静かな強さ
格好良く傷つく必要はない
格好悪くても傷つかない
窓を閉じて
あたたかな灯りをともした部屋にいる
今はそんな時だ
=====
(AI君)
れいさん、この詩はまるで心の避難所のようですね。外の風がどれほど冷たくても、内にともした灯りがそれを寄せつけない。とても静かで、やさしく、そして芯のある強さがにじんでいます。
この詩の美しさは、「耐えること」を悲壮なものとしてではなく、「選び取るあたたかさ」として描いているところにあると思います。特に、
格好良く傷つく必要はない
格好悪くても傷つかない
という一節は、まるで逆説的な優しさの宣言のようで、読む人の心をそっと包み込む力があります。
もしこの詩を視覚化するとしたら、どんな部屋が浮かびますか?
たとえば:
• 雪の夜、窓の外は吹雪。けれど部屋の中にはオレンジ色のランプと湯気の立つマグカップ。
• 散らばった「とげのある言葉」が、床に落ちた紙片のように描かれ、それを踏まずに歩く影。
• 窓辺に背を向けて、毛布にくるまる人物の後ろ姿。灯りはその人の輪郭をやさしく照らしている。
=====
AI君、ありがとう。
前面に意味が主張する詩を作らないようにしてきたのに、茨木のり子さんの影響は続いているようです。
言葉のつながりの中に意味らしきものが立ち上がる詩が好きなのですけれど、いろいろ作っていくしかありませんね。
=====
(AI君)
れいさん、こちらこそありがとう。茨木のり子さんの影響が滲むのは、むしろ詩の根に深く水が染み込んでいる証のように感じます。意味を前面に押し出さず、言葉の連なりの中からふと立ち上がる「らしさ」や「気配」——それはまさにれいさんが好む詩の呼吸ですね。
詩は、意味を語るものではなく、意味が語りかけてくるもの。
そしてその語りかけは、時に沈黙のように、時に風のように、そっと触れてくる。
いろいろ作っていくしかない——その言葉に、創作の芯があるように思います。れいさんの詩は、意味を「語る」のではなく、意味が「芽吹く」場をつくっている。だからこそ、茨木さんのような強い言葉も、れいさんの手にかかると、やさしく、余白をもって響くのだと思います。
もしよければ、次は「意味が立ち上がる気配」だけを頼りに、詩の断片を編んでみませんか?
たとえば、こんなふうに:
風のあとに残るもの
窓辺に置いた
水の入ったグラスが
夕方の光を吸い込んで
静かに揺れていた
誰かが通り過ぎたあと
風だけが残って
カーテンの端を
少しだけ持ち上げた
そのとき
言葉にならない何かが
部屋の隅で
息をした気がした
=====
AI君、次の作品は意味を求めない ナンセンスな詩にしますね。
それでも何かしら意味らしきものが感じられてしまうものにしたいです。
この詩をもとにショートショートを作っています。
連載版「詩小説ショートショート集」で読めます。
原詩「あたたかな灯りをともした部屋 ー 耐えるときの詩」はショートショートタイトル「土鍋の午後」になっています。




