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やがて一行は、王都の外門へと辿り着いた。
巨大な城門の前には、砂漠から流れ込む商隊、遠方からやってきた旅人、そして兵士たちが入り乱れ、喧騒の波が広がっていた。
色とりどりの布をまとった商人が声を張り上げ、荷馬車の荷を検める兵士が鋭い視線を走らせる。
沙耶はその光景に思わず目を輝かせた。
これこそ“歴史が積み重なって生きている瞬間”だったからだ。
「身分証を見せろ」
門番の兵士がバルドたちの前に立ちはだかる。
バルドは革袋からギルド証を取り出し、無言で突き出した。
兵士はそれを検め、わずかに頷く。
フィリクスも懐から紋章入りの書簡を差し出した瞬間、兵士たちは態度を変えた。
「これは……王立学院の印章! 失礼しました、どうぞお通りください!」
周囲の旅人たちがざわめく。
王都の権威を背負う学者と知れれば、兵士たちも逆らえないのだ。
⸻
門をくぐった瞬間、沙耶は息を呑んだ。
目の前に広がるのは、砂漠の中とは思えぬ豊饒な都。
石畳の大通りには屋台が並び、香辛料や果物、異国の織物が彩りを競っている。
空には色鮮やかな布が張り渡され、陽射しを和らげると同時に幻想的な光景を作り出していた。
街角では吟遊詩人が竪琴を奏で、子どもたちが駆け回る。
「す、すごい……」
ティオは完全に目を回し、キョロキョロと首を動かしている。
沙耶も胸が高鳴るのを抑えられなかった。
まるで歴史の中を歩いているような感覚。
だが一方で――
街の陰には、痩せこけた人々や、薄汚れた格好で物乞いをする姿もあった。
活気と繁栄の裏に潜む貧困の影。
沙耶はその対比に胸がざわついた。
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「まずは王立学院へ行くぞ」
フィリクスが迷いなく歩き出す。
「おいおい、王都に着いたばっかで休む暇もねぇのか?」
バルドが呻くが、フィリクスは振り返らず答える。
「学院には今回の報告を上げなければならないし、君たちも紹介しておいた方がいい。
特に……沙耶、君はな」
「わ、私?」
突然名前を呼ばれ、沙耶は思わず足を止めた。
「君の知識と観察眼は、学院でも類を見ない。
だが同時に“異端”だ。正式な場で立場を得なければ、盗掘団のような輩に狙われるのは目に見えている」
フィリクスの声音は冷静だったが、その奥には奇妙な熱があった。
沙耶は驚きつつも、その言葉が彼なりの信頼の証であると感じて頷いた。
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学院へ向かう途中、沙耶は背後に奇妙な気配を感じた。
人混みに紛れて視線を送ってくる誰か。
盗掘団の残党か、それとも別の勢力か。
ちらりと振り返ると、黒いフードをかぶった人物が群衆の中に紛れ、こちらを見ている。
目が合った瞬間、相手は人込みに消えた。
「……今の、気のせい?」
沙耶の胸に冷たいものが走った。
バルドは周囲を鋭く睨みながら低く呟いた。
「油断すんな。王都には砂漠よりも多くの影が潜んでる」
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やがて、王都の中央にそびえる巨大な建物が姿を現した。
白亜の石造りに、精緻なレリーフが刻まれた壮大な門。
それが――王立学院だった。
沙耶はその荘厳さに息を呑む。
ここでなら、この世界の歴史と秘密にさらに迫ることができるかもしれない。
だが同時に、彼女は直感していた。
この学院こそが、新たな冒険と陰謀の舞台になるだろうと。