第16章 王都への道1
砂漠の朝は、夜の冷たさを引きずったままゆっくりと熱を取り戻していく。
まだ空気がひんやりと澄んでいるうちに、沙耶たちは荷をまとめていた。
昨夜の盗掘団との戦いを経て、彼らは「ここに長居するべきではない」と一致したのだ。
「やっぱり撤退したとはいえ、奴らが諦めるとは思えねぇな」
背中に大剣を背負い直しながら、バルドが唸る。
「そうだな。あれだけの組織力、必ず背後に誰かいる」
フィリクスが冷静に言い添える。
彼の目はすでに王都の方角を見据えていた。
「王都……」沙耶は呟いた。
この世界に来てから、ずっと砂漠と遺跡に心を奪われていたが、今ようやく“都市”という場所に向かう。
考古学者としての血が騒ぐ――そこには必ずまた新しい手がかりが眠っているはずだと。
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荷造りがひと段落すると、エリュシアがふわりと舞い降りる。
彼女の金色の髪は朝日を受け、淡い光を散らしていた。
『王都の下には、眠れるものがある。
人々が忘れ、しかし消え去らなかったものが……』
透き通る声が響くと、ティオが目を丸くする。
「眠れるものって……また遺跡があるの?」
『遺跡と呼ぶには古すぎる。
だが、そこに辿り着くことは――お前たちの運命を決めるだろう』
その言葉に、沙耶の心臓が高鳴った。
古代の封印、太陽の神話、そして彼女自身の転生。
すべてが一本の線で結ばれようとしている気がした。
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出発前、ティオは少し離れた砂丘の上に立っていた。
昨夜、自分は恐怖に震えながらも仲間と共に剣を振るった。
だが、その小さな一歩が彼の心を確かに変えていた。
「僕……やっぱりついていく」
誰に言うでもなく呟いたその声は、確かな決意を帯びていた。
バルドが肩を組み、「立派になったな」と笑う。
沙耶も微笑んで頷いた。
そしてフィリクスでさえ、「王都で少しはまともな教育を受けろ」と口を尖らせるが、どこか温かい。
ティオは胸を張り、小さな背中を仲間たちと並べた。
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幾日も続く砂漠の行軍。
昼は灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、夜は凍えるような冷気が忍び寄る。
しかし彼らは互いに励まし合い、笑い合いながら歩みを進めた。
沙耶は行軍の合間に砂に埋もれた小さな石碑を見つけては文字を読み取り、古代の地名や交易路を推測する。
「このルート……古代の隊商が通った痕跡かもしれないわ」
「へぇ、道の石ころ一つでそんなことが分かんのか」
バルドが呆れ顔をしつつも誇らしげに笑う。
フィリクスは時折魔術で風を操り、砂嵐を避ける。
ティオは水袋を配り歩き、皆の役に立とうと懸命だった。
エリュシアは時折、空を仰ぎながら意味深な言葉を口にする。
『……太陽は見ている。
お前たちの歩みを、試すように。』
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砂漠を抜け、遠くに緑が見え始めたのは十数日後のことだった。
川沿いに広がるオアシス地帯。
そのさらに向こうに、砂漠の地平線を裂くように巨大な城壁が姿を現す。
「……あれが、王都か」
沙耶は息を呑んだ。
高く聳え立つ石壁は幾重にも積み重なり、門の上には太陽を象徴する巨大な紋章が刻まれている。
その規模と壮麗さは、彼女がこれまで見てきたどんな遺跡にも劣らない。
いや――むしろ、生きた歴史そのものだった。
だが同時に、王都を覆う空気にはどこか不穏な影があった。
遠くから見ても、人々の営みの下に何かが蠢いているような気配。
エリュシアの言葉が脳裏で蘇る。
『王都の下には、眠れるものがある……』