4
砂丘の向こうから押し寄せる盗掘団の一団は、既に数十人を超えていた。
砂の斜面を駆け下りてくるその足音は、まるで地響きのように夜明けの静けさを震わせる。
薄紅色の朝焼けに照らされて、剣や槍の刃がぎらりと光った。
だが、その最前線に立つ沙耶たちの瞳は、恐怖よりも強い光を宿していた。
⸻
「来るぞ!」
バルドが大声を張り上げる。
彼は真っ先に前へ踏み出し、剣を大きく振り下ろした。
砂の斜面を駆け降りてきた盗掘団の先鋒が、真正面から受け止める暇もなく吹き飛ばされる。
バルドの一撃は豪快だが、それ以上に仲間の背中を守るための盾でもあった。
「誰ひとり、こいつらには触れさせねぇ!」
砂を蹴り上げ、次々と敵を弾き返す。
その姿はまるで砂漠を駆ける獅子のようで、ティオの胸に火を灯した。
⸻
「僕も……僕もやるんだ!」
短剣を手に、ティオはバルドの背に続いた。
盗掘団の男の一人が少年に目をつけ、冷笑を浮かべて槍を突き出す。
恐怖に足がすくみそうになる――だがティオは思い出した。
昨夜、沙耶に誓った言葉を。
(守るって決めたんだ。震えてもいい、逃げなきゃいいんだ!)
必死に身をひねり、槍先を紙一重でかわす。
短剣を振ると、刃は敵の腕をかすめ、相手は呻き声をあげて退いた。
「や、やった……!」
恐怖と興奮で呼吸が荒くなる。
だが、ティオの目にはもはや怯えはなかった。
⸻
「甘く見るなよ、小僧ども!」
フィリクスの声が響き、彼の両手から火花が散った。
魔術式を刻む呪文が流れ、次の瞬間――砂丘の前方に火線が走る。
炎は細い鞭のようにうねり、敵の進軍を遮った。
盗掘団の男たちが思わず立ち止まる。
だが、フィリクスはその間隙を逃さず声を張った。
「学者の矜持は、学問を奪う者には渡さない!」
その顔には、皮肉屋だった彼の面影は薄い。
今そこにあるのは、仲間と知識を守る者の強い決意だった。
⸻
沙耶は後方で状況を見極めていた。
力は持たない。魔法も操れない。
けれど彼女の胸の中にあるのは、この世界でもう一度与えられた「学者としての使命」だった。
「……真実は、暴力に奪わせたりしない!」
声を張り、彼女は背負っていた古代の記録板を取り出す。
その表面を朝日の光にかざすと、刻まれた文字がかすかに輝き出した。
盗掘団が一瞬たじろぐ。
「見ろ! これが神殿の遺産よ!
奪うものじゃない、読み解き、未来へ残すものなの!」
その言葉は叫びというよりも祈りに近かった。
しかし不思議なことに、戦場の空気がほんの一瞬、揺らいだ。
⸻
その瞬間、エリュシアが静かに前へ出た。
小さな両手を広げると、彼女の身体から淡い金色の光が広がる。
それは砂漠の夜明けと重なり、まるで太陽そのものの輝きのようだった。
『……誓いを胸に刻んだ者よ。
光はそなたらと共にある。』
光は仲間たちを包み、砂の上に立つ影を長く照らし出す。
盗掘団の一部が、その圧倒的な気配に押されて後退した。
⸻
バルドの剣が閃き、ティオの短剣が震えながらも前に突き出される。
フィリクスの炎が唸りを上げ、沙耶の言葉が戦場に響き渡る。
そしてエリュシアの光が、それらすべてを包んでいた。
五つの誓いが交錯し、砂漠の戦場は一瞬、ただの戦いを超えた光景に変わった。
その光景は――まるでこの瞬間を未来に刻みつけるかのように。
⸻
盗掘団の動きが止まった。
彼らは数では優勢だったが、仲間の誓いに照らされた沙耶たちの姿は、圧倒的な壁のように見えていた。
隊列の後方で、指揮をとっていた盗掘団の頭目が低く舌打ちした。
「……なるほど。お前たちが“守護者”か」
その言葉を残し、盗掘団は砂丘の向こうへと撤退していく。
しかし、その眼差しには再戦を誓う鋭い光が残っていた。
⸻
残された静寂の中で、仲間たちは互いに顔を見合わせる。
疲労と緊張で息は荒かったが、瞳はどこまでも澄んでいた。
「これが……俺たちの誓いだな」
バルドの低い言葉に、皆が頷く。
その瞬間、朝日の光は完全に砂漠を照らし出した。
新しい一日の始まりと共に――沙耶たちの絆は、誰にも揺るがせないものとなった。