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砂漠の夜は長く、冷たい。
やがて東の空が淡い群青へと染まり始めたころ、夜の帳は少しずつ薄らいでいった。
それは新しい一日の訪れを告げるはずの光だったが、そこに潜む気配は決して穏やかなものではなかった。
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交代で見張りを続けていたバルドは、夜明け前の空気の変化にすぐ気づいた。
風の流れが変わった。砂の鳴る音がかすかに重くなった。
まるで、砂丘の向こうに何かが潜んでいるかのように。
「……おい、起きろ」
彼は声を落として仲間を呼ぶ。
沙耶もフィリクスも目を開き、ティオは寝袋の中で跳ね起きた。
エリュシアだけは最初から気配を察していたのか、静かに立ち上がっていた。
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その時、朝焼け前の薄闇の中に――黒い影がいくつも浮かび上がった。
砂丘の稜線を越えて、数十人規模の人影がこちらへじわじわと近づいてくる。
盗掘団だ。
昨日退けたはずの彼らが、夜陰に紛れて再び迫ってきたのだ。
しかも、今度は前よりも人数が増えている。
「ちっ、仲間を呼んできやがったか」
バルドが低く唸る。
「昨日の敗北を晴らすつもりでしょうね」
フィリクスが冷静に言い放ったが、その声は少し震えていた。
沙耶は唇をかみしめる。
「……まだ、神殿の奥の真実を知られちゃいけない。あれは、彼らの手に渡っちゃダメ」
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ティオは震える手で小さな短剣を握りしめていた。
彼にとって武器を持って戦うことはまだ現実感がなかった。
だが、それでも瞳の奥に宿る光は、昨日までの少年とは違っていた。
「……僕、逃げません。沙耶さんを守るって決めたんです」
その言葉に、バルドが振り返り、にやりと笑った。
「そう言えりゃ上等だ。腰を抜かしても、仲間の背中だけは見失うな」
ティオは強くうなずいた。
震えは残っていたが、その震えさえも決意の一部に変えていた。
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エリュシアは焚き火の残り火にそっと手をかざし、淡い光を散らした。
その光は砂の上に流れ、まるで結界のように周囲を覆う。
『……人の子らよ。試練はまだ終わらぬ。
闇を拒み、光を選ぶのはお前たち自身。』
彼女の声は静かで、それでいて胸の奥に響いた。
沙耶は拳を握りしめ、仲間たちに告げた。
「行こう。今こそ、誓いを証明する時だ!」
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東の地平線が、ついに黄金の光を放ち始めた。
太陽の一筋の光が、まるで神殿の碑文のように砂丘を照らし出す。
その光の中で、沙耶たちは立ち上がった。
バルドは剣を抜き、フィリクスは魔法の詠唱を低くつぶやき、ティオは必死に足を踏ん張る。
沙耶は背負っていた古文書を胸に抱え、心の中で自分に言い聞かせた。
(これは戦いじゃない。真実を守る戦いだ。学者の誓いを、ここで示すんだ……!)
夜明けの砂漠に、仲間たちの影が長く伸びる。
その前方で、盗掘団の影もまた、容赦なく迫り来る。
光と闇が交わる瞬間――彼らの誓いは、試されようとしていた。