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2

 砂漠の夜は深まっていた。

 焚き火はまだ赤々と燃えていたが、周囲の闇はますます濃さを増し、遠くでは冷たい風が砂丘を渡り、さざ波のような音を立てていた。


 仲間たちが次々と誓いを口にしたあとも、沈黙が場を支配していた。

 だがそれは重苦しいものではなく、むしろそれぞれが心の奥に新たな決意を刻み込むための静寂だった。





 沙耶は、炎の向こうに広がる漆黒の砂漠を見つめながら思った。

(……こんな気持ち、前の世界ではなかったな)


 大学院で研究室にこもり、論文と資料に囲まれていた頃。

 仲間と呼べる人間はいても、それは学問上の同志でしかなかった。

 けれど今は――剣を振るう戦士も、未熟な少年も、皮肉屋の学者さえも、自分と同じ“道の旅人”だ。


 孤独な研究者ではなく、仲間と共に歴史を掘り起こす者。

 その事実が、彼女の胸を不思議な温かさで満たしていた。





 やがて、バルドが立ち上がり、砂を踏みしめて周囲を見渡した。

「……夜明けまでは交代で見張るぞ。盗掘団の連中がもう一度来ないとも限らん」


 彼の声は低く落ち着いていたが、その眼差しには鋭さが宿っている。

 白銀の剣を肩に担ぎ、砂丘の稜線をじっと見つめる姿は、まるで群れを守る獣のようだった。


 沙耶は思わず口を開く。

「バルドさん……ずっと気を張ってばかりで疲れませんか?」


 豪快な戦士は、鼻で笑って答えた。

「疲れるさ。だがな、守るもんがある時は、それが力になるんだ」


 その言葉に、沙耶の胸がまた熱くなる。

 ――この人はやはり、剣に生きる者ではなく、“仲間を守る盾”なのだ。





 一方、ティオは寝袋に包まれてはいたが、瞼を閉じてもなかなか眠りにつけなかった。

 彼の耳には、まだあの「影の囁き」が残響している。


(……本当に僕は、考古学者になれるのかな。

 怖くなって逃げ出したら、沙耶さんやみんなに迷惑をかけるかもしれない)


 そんな弱気な思いが頭をかすめる。

 だが同時に、昼間に見た沙耶の姿が胸に浮かんだ。

 恐怖を押し殺し、冷静に碑文を解き明かしていく姿。

 あれは学者というより、真実を探す“勇者”のように見えた。


「……僕も、ああなりたい」

 小さく呟いた声は、夜風にさらわれ、誰にも届かなかった。





 その頃、フィリクスは焚き火の影でノートを広げ、遺跡で見た文様を黙々と写し取っていた。

 書き進める手は几帳面で、彼の几帳面な性格がにじみ出ている。


 だがふと、ペンを止めて炎を見つめる。

(……異端の知識、か)


 沙耶の言葉は常識外れに聞こえることも多い。

 しかし、結果としてそれが真実に結びついてきた。

 今までの自分なら「偶然」だと切り捨てただろう。

 だが――あの封印の扉の前で見た彼女の姿は、単なる偶然では片付けられない何かを持っていた。


 彼はノートを閉じ、眼鏡を外して夜空を仰ぐ。

 そこには、地平から天頂まで無数の星々が広がっていた。

「……星もまた、答えを秘めているのかもしれないな」

 その呟きは、学者としての好奇心だけでなく、仲間と共に進もうとする意志を帯びていた。





 焚き火の向こうで静かに座っていたエリュシアは、仲間たちの様子を一人ひとり見つめていた。

 淡い光を帯びた瞳は、まるで星の輝きをそのまま閉じ込めたようだ。


『……人の子らよ。誓いは言葉で終わるものではない。

 行いによって、初めてそれは世界に刻まれる。』


 彼女の声は歌のように柔らかく、しかし夜の冷気の中で確かな響きを持っていた。

 沙耶はその言葉を聞き、深く息を吸った。


(……そうだ。誓いは約束。私たちは試される。

 でもきっと、今の私たちなら――越えられる)



 やがて、焚き火が小さくなり、夜の闇が再び押し寄せてきた。

 その時、遠くの砂丘の向こうで、ふっと影が揺れた気がした。

 沙耶は反射的に顔を上げる。


「……誰か、そこに?」


 砂漠の夜は静まり返っていた。

 しかし、胸の奥にざわりと不安の波が立つ。


 夜明け前――闇は最も深く、そして影は忍び寄る。

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