第15章 砂漠の夜の誓い1
夜の砂漠は、昼の灼熱とは正反対の冷気に支配される。
風は乾いて冷たく、空には一面の星々が散りばめられ、まるで天幕に光の粒を縫い付けたかのようだった。
神殿から離れた砂丘の陰に、沙耶たちは小さな野営地を作っていた。
中心には焚き火。ぱちぱちと乾いた音を立てて火花を散らし、暗闇を押し返している。
だが、その炎を囲む四人と一柱の精霊の表情は明るくはなかった。
昼間に遭遇した封印の扉と、“影の囁き”。
あの出来事が胸に重くのしかかり、誰も軽々しい言葉を発することができなかった。
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焚き火の光が、少年の幼い横顔を照らし出す。
その瞳は赤く腫れ、恐怖と涙の痕跡を隠し切れなかった。
しかし、彼は両の拳をぎゅっと握りしめ、小さな声で言った。
「……僕、怖かった。
頭の中にあんな声が響いて、全部を否定されて……。
正直、逃げ出したいって思った」
その告白に、バルドとフィリクスが一瞬だけ少年を見やった。
だがティオは俯かず、強い視線を炎の向こうへ投げる。
「それでも……逃げなくてよかった。
沙耶さんが教えてくれた“真実を見つけることが考古学の使命だ”って言葉……僕、忘れてなかった。
僕は――立派な考古学者になる。いつか絶対に!」
声は震えていたが、その決意は炎のように確かな熱を持っていた。
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その言葉を聞いたバルドは、豪快に笑った。
「ははっ! いいぞ坊主! 男ならそれくらいの夢を抱け!」
そして、彼は剣を火にかざし、鋭い光を反射させながら言い放った。
「俺は剣しか取り柄がねぇ。だがその剣で、お前らを守るって決めた。
学者の小難しい話はさっぱりだがな……お前らが真実を探すってんなら、俺はその道を切り開く!」
炎の音に混じって、その力強い声が砂漠に響く。
ティオの瞳に再び涙が浮かぶが、今度は悔しさではなく、誇りと希望の色だった。
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フィリクスはしばし黙っていた。
焚き火の影に揺れる横顔は、普段の皮肉屋な態度とは異なり、どこか柔らかい。
「……私は、これまで学問を独占することが使命だと思っていた。
正しい解釈を記録に残し、王都に持ち帰り、後世に伝える……それが学者の責務だと」
彼は眼鏡を外し、焚き火の光を映す裸眼で仲間を見渡す。
「だが……今日の経験で思い知ったよ。
君たちの異端の知識、バルドの力、ティオの勇気……どれも欠けては真実に届かなかった。
私は学者としての驕りを捨てよう。
そして――君の知識を、沙耶。正式に認める」
その言葉に、沙耶の胸が熱くなる。
フィリクスが初めて真正面から、自分の価値を肯定したのだ。
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全員の視線を受けて、沙耶は胸に手を当てる。
思い返せば、転生してから今日までずっと、孤独と不安が心を覆っていた。
だが今は――彼女の隣には、確かに仲間がいた。
「……私は、この世界の真実を最後まで見届ける。
考古学者として。異世界から来た一人の人間として。
そのために、どんな困難があっても――みんなと一緒に歩む」
その宣言に、バルドは剣を掲げ、ティオは小さな拳を上げ、フィリクスは静かに頷いた。
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最後に、エリュシアが柔らかな声を響かせる。
『……誓いは光。光は影を退ける力。
おまえたちが結んだこの絆こそ、再び訪れる災厄に抗う唯一の道……』
焚き火の炎が揺れ、星々がその誓いを祝福するように瞬いた。