第14章 太陽神の記憶1
封印の扉の前。
古代文明の心臓部にして、災厄が眠る最深部。
重苦しい沈黙の中、沙耶とティオは並び立っていた。
その足元には、古代文字で刻まれた円形の紋章――儀式の陣が浮かび上がっている。
淡い光を帯びた石板は脈動し、まるで二人を迎え入れるかのように震えていた。
⸻
フィリクスが羊皮紙を握りしめ、早口で言葉を紡ぐ。
「碑文に従うんだ。
“血は契約を刻み、声は光を導く”。
つまり、少年の血で陣を満たし、君の声でその力を形にする……!」
バルドが眉をしかめる。
「理屈は分かったが、危険すぎる。小僧の命に関わるんじゃねぇのか?」
エリュシアが静かに首を振った。
『血は“鍵”に過ぎぬ。命を奪うものではない。
ただし、意志が揺らげば、逆に災厄を呼び込むことになる……。』
その言葉に、ティオは一瞬怯んだが、すぐに拳を固めた。
「僕、やるよ。ここで逃げたら一生後悔する。
沙耶さん……一緒にお願いします!」
沙耶は深く息を吸い込み、力強く頷いた。
「もちろん。絶対に、成功させよう」
⸻
ティオは短剣を手に取り、小さく手のひらを切った。
鮮やかな赤い血が零れ落ち、石板の紋章へと吸い込まれていく。
瞬間――床に刻まれた古代文字が赤く輝き、淡い震動を発した。
円陣が呼吸を始めたかのように、脈打つ光が足元を満たしていく。
「……っ!」
ティオは顔をしかめたが、歯を食いしばり、倒れ込むことなく立ち続けた。
沙耶は彼の背に手を添え、支えながら口を開いた。
⸻
彼女が選んだのは、この世界の言葉ではなく――地球で学んだ古代語。
シュメール語にも似たリズムを持つ音が、彼女の口から紡がれる。
「……Šamaš……utu……光の神よ……」
その響きは、遺跡の空気そのものを震わせた。
碑文に刻まれた古代語と、彼女の声が共鳴する。
フィリクスの目が大きく見開かれる。
「な、なんだこの言語は……!?
どこの学派でも聞いたことがない……!」
しかし沙耶の声に呼応するように、陣が強烈な光を放ち始めた。
⸻
黒い靄――災厄の胎動は、再び押し寄せてきた。
その影は牙を持ち、触れた石を腐食させながら陣へと迫る。
「させるかぁッ!」
バルドが咆哮と共に剣を振り抜く。
光に守られた刃は、今度こそ影を切り裂き、後退させた。
だが影は無数に分裂し、四方八方から陣を侵食しようと迫る。
エリュシアが両手を掲げ、光の壁を張る。
『……持ちこたえよ! 声を途切れさせるな、沙耶!』
沙耶は震える喉を押さえ、さらに高らかに歌うように声を重ねた。
⸻
封印の扉が轟音を立てて震えた。
表面に刻まれた太陽の紋章が黄金に輝き、中心から光の筋が走る。
ティオの血は完全に陣へと溶け込み、沙耶の声と共に光の柱となって立ち昇った。
その瞬間――扉は応じるように開きかけ、そこに刻まれた“太陽神の物語”が映し出された。
それは映像であり、記憶であり、神殿そのものが語り始めた真実だった。