表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/65

3

 神殿の崩壊の余韻がまだ空気に漂う中、エリュシアの言葉は静かに仲間たちの胸へ落ちていった。


『――答えは、この世界の“記憶”の中にある』


 その響きはあまりに大きく、しかし温かかった。

 瓦礫の中、炎に照らされる影が揺らぎ、誰一人として軽々しく口を開けなかった。





 やがてエリュシアは腕を胸の前で交差させ、祈るように目を閉じた。

 すると、神殿の壁に刻まれた碑文が微かに輝き出す。

 ひび割れた石に刻まれていた古代文字が、まるで時を越え、いま再び生まれたように淡く浮かび上がった。


『……災厄は、血と声により封じられた。

 その血は“太陽の器”のもの。

 その声は“記憶を継ぐ者”のもの。

 彼らの誓いが、大いなる封印を形づくった』


 低く響くその言葉に、全員が息を呑んだ。


 フィリクスが震える指先で、壁に光る碑文をなぞる。

「……確かに……以前、私と沙耶で読み解いた断片があった。

 “血と声”……これが完全な形だったのか……」


 彼の声は興奮と恐怖が入り混じっていた。

 知識欲を満たす喜びと、同時にそれが現実の災厄と結びつく恐ろしさ。





 エリュシアは仲間たちを順に見渡した。

 その視線はどこまでも澄んでいて、ひとりひとりを選別するように、深く射抜いていく。


『……お前たちの中に、“器”がいる。

 そして、“記憶を継ぐ者”もまたいる』


 沙耶の胸が強く跳ねた。

 その言葉が自分に向けられているのを直感で感じたのだ。


「……まさか……私が?」


 彼女の問いに、エリュシアはゆるやかに頷いた。


『異界より来たりし学者よ。

 お前はこの世界の記憶を受け継ぐ者――声を持つ者。

 封印を解き、再び編み直す役割を持つ』


 沙耶の手が震えた。

 学者として“知りたい”という衝動と、封印に関わる“責任”の重さが一度にのしかかってくる。



 一方、フィリクスが低く笑った。

「……ふん、やはりそうか。

 では“器”とは――誰のことだ?」


 その挑むような問いに、エリュシアはわずかに目を伏せ、そして静かに告げた。


『――少年。お前だ』


 ティオが目を丸くした。

「……ぼ、僕!?」


 小さな身体が一歩後ずさる。

 まるで自分が呼ばれるはずがないと信じていたのに、突然突きつけられた運命に息を呑んだのだ。


『その血は、かつて封印を担った一族の末裔。

 遠く途絶えたと思われていたが、細い血脈は今も息づいていた。

 お前の存在が、この神殿に引き寄せられた理由だ』



運命を受け入れるか


 ティオの唇が震えた。

「……そんな……僕、ただの村の子どもで……。

 学者になりたくて、先生のあとをついてきただけで……。

 封印だなんて、僕には……」


 その声は必死だった。

 沙耶は膝をつき、少年と同じ目線で彼を抱き寄せる。


「ティオ……。

 あなたは確かにただの村の子かもしれない。

 でも、勇気を出してここまで来た。

 それだけで、もう立派な“器”なんだよ」


 その言葉にティオの瞳が潤み、揺れ動く。


 バルドが口を開いた。

「小僧。お前は俺たちが守る。

 その上で、お前の血が必要だってなら――その時は堂々と胸を張れ。

 お前一人で背負う話じゃねぇ。仲間がいるんだからな」


 ごつごつした手が、ティオの頭をわしわしと撫でる。

 少年は少しだけ涙を拭い、ぎこちなく笑みを浮かべた。





 フィリクスは腕を組み、深く息を吐いた。

「……これで分かったな。

 我々の調査は単なる学術的探究ではない。

 文明の歴史を暴くだけでは済まない……。

 世界の存亡に関わる試みだ」


 その声には皮肉はなかった。

 ただ純粋な覚悟と重責の認識がこもっていた。


 沙耶は静かに頷いた。

「ええ。だからこそ……私たちでやり遂げなくちゃ」


 エリュシアは最後に告げた。

『……封印を継ぎ、災厄を再び縛るか。

 あるいは封印を解き、真の太陽の記憶を解放するか。

 選ぶのは、お前たちだ。

 ――その選択が、この世界の未来を決める』



 その言葉は、仲間たち一人ひとりの心に刻まれた。

 崩れかけた神殿の闇の中、彼らは互いに顔を見合わせる。

 恐怖、迷い、そして……決意。


 こうして――沙耶たちは初めて、自らの旅が“世界の命運”に直結するものだと悟ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ