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エリュシアは、崩壊しつつある神殿の中央に立ち、静かに目を閉じた。
その身を包む光がふわりと広がり、瓦礫の音も砂のざわめきも遠くへ押しやったように、場の空気が変わっていく。
まるで、彼女の周囲だけが時の流れから切り離され、古の記憶に接続されたかのようだった。
『……聞くがよい。
お前たちが探している“真実”は、この太陽神殿の奥に眠っている。
かつて、人々が太陽を崇め、光を操り、そして光の中に滅びを見た時代の物語――』
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光が波紋のように広がり、仲間たちの視界に幻影が浮かび上がる。
そこに現れたのは、かつての砂漠に栄えた大都市だった。
今は砂に埋もれ、瓦礫と化したものが、幻の中では堂々と聳え立ち、金色の装飾に輝いている。
高く積み上げられた神殿の塔。
光を反射する水路。
人々は太陽の恩寵を受け、祭りを開き、豊かな歌を響かせていた。
ティオが息を呑む。
「……すごい……本当に……こんなに大きな街が……」
フィリクスも言葉を失い、ただ見入っていた。
学者としての夢――神話が現実になる瞬間が、今まさに彼の目の前で展開しているのだ。
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『人々は太陽の加護を信じ、その力を引き出すために神殿を築いた。
光を集め、鏡で導き、天を測り、暦を編んだ。
お前たちが今、扉や壁画で見た知識は、そのほんの断片に過ぎぬ』
沙耶は思わず呟く。
「……だから暦や星座の痕跡が……。
この文明は、本当に高度な天文学を持っていたのね……」
彼女の声は震えていた。
異世界に来てからのすべての探求が、いま繋がろうとしているのを感じていた。
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だが、幻影の光景は次第に暗さを帯びていく。
太陽の加護を受けた人々は、やがてその力を“封じる”術を持ち始めた。
影を退け、災厄を閉じ込めるために。
しかし、光を集めれば影もまた濃くなる。
都市の繁栄は次第に歪み、幻影の中の人々の顔は不安に曇っていった。
『……光を強くすればするほど、闇は深くなる。
人はそれに気づきながらも、繁栄を求めて歩みを止められなかった。
そして――』
エリュシアの瞳が深く閉じられる。
幻影の空が裂けた。
灼熱の太陽から、漆黒の災厄が溢れ出す。
街は崩壊し、光は闇に呑み込まれ、泣き叫ぶ声が砂に消えていった。
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バルドが剣を握り締める。
「……これが……太陽神殿の滅びか……」
ティオが怯え、沙耶にしがみつく。
「さやさん……災厄って……あれが……」
沙耶は彼の肩を抱きながらも、目を逸らさず幻影を見つめた。
恐怖よりも、知りたいという衝動の方が強かった。
「エリュシア……。
あの災厄は――今もまだ、この世界に……?」
エリュシアは静かに頷いた。
『封じられた。だが完全ではない。
この神殿が崩れ始めたのは、封印が揺らいでいる兆し。
――そして、私が目覚めたこと自体、その証なのだ』
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重い沈黙が落ちる。
フィリクスが、震える声で言葉を絞り出した。
「つまり……我々が扉を開き、封印を揺らがせた……ということか」
その言葉は鋭く胸に突き刺さった。
仲間たちは互いに顔を見合わせる。
自分たちの行動が、歴史のバランスを崩してしまったのではないかという恐怖が広がった。
だが、エリュシアは首を振る。
『責めることはない。
いつか封印は綻び、必ずこの時は訪れた。
お前たちが選ばれたのは、偶然ではなく、必然。
――災厄に立ち向かうために』
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その言葉に、沙耶の胸は熱くなった。
異世界に来てからずっと抱いてきた問い――「なぜ自分がここにいるのか」。
その答えが、ようやく示された気がした。
(私が……選ばれた?
考古学者として、真実を求めるこの私が……)
彼女はそっと息を整え、エリュシアに向き直った。
「……なら、教えて。
どうすれば、この世界を再び災厄に呑み込ませずにすむの?」
エリュシアの瞳が、淡い光を宿して輝いた。
その声は、胸を打つ鐘の音のように響いた。
『――答えは、この世界の“記憶”の中にある』