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――夜の砂漠に、あり得ないほどの光が満ちていた。
沙耶の腕に抱かれた結晶は、もう小さな輝きではなかった。
それはまるで第二の太陽のように輝き、灼けつくような光を放ち続けていた。
光は砂粒をひとつひとつ煌めかせ、神殿の石壁を神々しい金色に照らし上げる。
その光景は、戦場であることを忘れさせるほど荘厳だった。
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盗掘団の男たちは恐怖に震え、次々に後退していった。
「な、なんだこの光は……!」
「やばい……やばいぞ! 神殿の呪いだ!」
彼らは狼狽え、武器を放り出す者まで現れた。
しかし指揮役らしき男は必死に叫んだ。
「退くな! あの女が持ってる結晶こそお宝だ! 奪えええッ!」
だがその声は、光の奔流にかき消された。
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「沙耶……!」
バルドは必死に叫ぶ。
「その結晶は危険だ! 放せ!」
「駄目! これは……私を選んでる!」
沙耶の声は震えていたが、意志は揺るがなかった。
彼女は結晶を抱きしめ、目を閉じた。
(あなたは……何? どうして私に……?)
意識の奥に、言葉が響く。
それは夢の中で囁かれるような、遠くも近くもない、不思議な声だった。
『……長き封印……今こそ解かれるべき時……』
その瞬間、沙耶の胸に強烈な熱が走った。
⸻
彼女の足元から、光の陣が広がる。
砂の上に幾何学模様が浮かび上がり、古代文字が炎のように踊った。
それは沙耶が碑文で解読した「声と血と光の儀式」そのものだった。
「これ……私の声と、私の血……」
指先に小さな切り傷が走り、血が一滴、結晶に落ちる。
瞬間――
光が爆ぜた。
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フィリクスは目を覆いながら、必死にその光景を観察していた。
「これは……古代魔術の……完全な発動式……!」
普段の皮肉も余裕もなく、学者としての驚愕だけが口から漏れる。
ティオは涙目で沙耶を見つめていた。
「沙耶さん……無事で……いて……!」
バルドは剣を構え、盗掘団と光の両方に警戒しながら吼えた。
「沙耶ぁ! 戻ってこい!」
だがその声も届かない。
沙耶の意識は完全に“結晶の中”に引き込まれていた。
⸻
――そこは、光に包まれた白の世界だった。
果てしなく続く空間。
重力も、時間も、音もない。
ただ漂うのは、無数の輝き。
沙耶はその中に立ち尽くしていた。
まるで宇宙の中心に立たされているかのような、不思議な感覚。
「ここは……どこ……?」
答えるように、光の粒がひとつに集まり、輪郭を形作っていく。
――少女の姿。
白銀の髪、透き通る瞳、そして羽衣のような光の衣。
その存在は、あまりにも神秘的で、この世のものではなかった。
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『……我が名はエリュシア。
太陽神殿と共に封じられし、精霊の記憶……』
その声は澄み切っていた。
幼くもあり、大人びてもいる、不思議な響きを持っていた。
沙耶は息を呑む。
「精霊……? 本当に……存在していたの……?」
エリュシアは微笑み、しかしその瞳には深い哀しみがあった。
『長い時を眠り続けた。けれど、また災厄は目覚めようとしている……
お前の声と血が、私を呼び覚ましたのだ』
「私が……?」
沙耶は言葉を失った。
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現実世界。
光は次第に収束し、盗掘団の連中は恐怖に駆られて逃げ散っていた。
バルドとフィリクスは必死に沙耶の元へ駆け寄る。
ティオも泣きそうな顔で叫ぶ。
「先生っ! しっかりして!」
そして――
光の中心から、沙耶がゆっくりと姿を現した。
彼女の隣には、淡い光を纏った少女――精霊エリュシアが立っていた。
仲間たちは目を見開き、言葉を失った。
静かに、エリュシアが告げる。
『――これより先、お前たちは選ばれる。
封印を守る者か、それとも破る者か。
この砂漠の運命は……お前たちに託される』