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砂漠の夜風が荒れ狂い、砂塵が戦場を覆う。
十数人の盗掘団が四方八方から襲いかかり、バルドとフィリクスはその渦の中で必死に応戦していた。
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バルドの剣が唸るたび、鋼のきらめきとともに敵の武器が弾かれ、砂に叩きつけられる。
彼の体は傷だらけだったが、その背中は一歩も退かない。
「まだ来るか……!」
荒い息を吐きながらも、バルドは立ちはだかる壁そのものだった。
しかし盗掘団は数で押してくる。
槍を突き出す者、石を投げつける者、背後から回り込もうとする者。
彼らの執念はまるで飢えた狼の群れのようだった。
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その後方で、フィリクスが短杖を振るい続ける。
「〈幻光矢〉!」
指先から放たれた光の矢が、敵の腕を貫き、武器を弾き飛ばす。
続けざまに呪文を紡ぐ。
「〈砂嵐幕〉!」
砂が巻き上がり、煙幕のように敵の視界を覆った。
だがその顔には汗が滲み、額の髪が頬に張り付いていた。
普段の余裕を装う皮肉な笑みは消え失せ、彼の唇は小さく震えていた。
(魔力の消耗が……激しい……)
フィリクスの魔術は強力だが、長期戦に耐えられるほどではない。
それでも彼は倒れるわけにはいかなかった。
沙耶やティオの存在が、彼を支えていた。
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一方、ティオは――。
彼は沙耶の前に立ち尽くし、必死に震える足を踏ん張っていた。
大人の盗掘団に比べれば、彼の体はあまりにも小さい。
木の棒を握る手は汗で滑り、膝はがくがくと震えていた。
「こ、こっちに来るな! さ、沙耶さんには指一本触れさせない!」
声は裏返り、目には涙がにじんでいた。
だがその眼差しは、まっすぐだった。
怯えながらも、仲間を守ろうとする意思だけは揺らがなかった。
盗掘団の一人が鼻で笑い、ティオに迫る。
「ガキが……調子に乗るな!」
刃が振り下ろされようとした瞬間――
「やめろォッ!」
ティオが必死に棒を突き出した。
それはかすかに盗掘団の腕を打ち、攻撃の軌道を逸らす。
そのわずかな隙に、バルドの大剣がうなりを上げて振り下ろされた。
盗掘団の男は弾き飛ばされ、砂の上に転がった。
「よくやったぞ、坊主!」
バルドが振り返り、短く叫ぶ。
ティオは涙を浮かべながらも、胸を張った。
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その光景を見ていた沙耶の胸は、熱く揺れていた。
彼女は結晶を抱きしめたまま、必死に考えていた。
(このままじゃ……数で押し潰される……! どうすれば……!)
脳裏に、これまでの研究と知識が走馬灯のように駆け巡る。
石碑の文字、壁画の記録、封印の仕組み。
すべては「光」と「声」と「血」で成り立つとあった。
(まさか……この結晶が……?)
結晶は手の中で淡く脈動していた。
彼女の心臓の鼓動と同調するかのように。
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「沙耶!」
バルドの怒声が響いた。
「隠れてろって言っただろうが! 出てくるな!」
その言葉に、沙耶は強く首を振った。
「違う! 私が……私がしなきゃいけないの!」
彼女の目は、恐怖を超えていた。
学者としての直感、そして命を賭けて仲間を守る覚悟。
そのすべてが、結晶に吸い込まれていく。
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その瞬間――
結晶が光を放った。
眩い黄金の輝きが砂漠の夜を切り裂き、戦場を照らす。
盗掘団の男たちは思わず目を覆い、叫び声を上げた。
「な、なんだこれは!?」
バルドも、フィリクスも、ティオも――そして沙耶自身も、目を見開いていた。
結晶の奥で、誰かの声が微かに囁いた。
それは、砂漠の風のように柔らかく、しかし確かに存在する声。
『――目覚めの時は近い』