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光に包まれた瞬間、彼らの胸に希望が差し込んだ。
だが同時に、神殿全体が大きく揺れ、天井から砂塵が雪崩のように降り注ぐ。
太陽の間を越え、封印の扉の奥へ進んだ代償――封印を支えていた構造が崩れ始めていたのだ。
「走れ!」
バルドが大剣を担ぎながら怒鳴る。
その声に押され、沙耶もティオも、そしてフィリクスも必死に出口へと駆け出した。
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長い回廊を進むと、両壁に刻まれたレリーフが剥がれ落ちていく。
砂が滝のように流れ込み、まるで神殿自体が「もう立ち去れ」と叫んでいるかのようだった。
ティオが小柄さを生かして先頭を駆け抜け、沙耶はその背を必死で追う。
フィリクスは本を片手に抱えながらも、足を止めることなく走った。
後方ではバルドが何度も振り返り、瓦礫を大剣で弾き飛ばして道を確保していた。
「ちっ……! これ以上は持たねぇぞ!」
砂と石の音が耳を塞ぐ。だがその中で、沙耶の心臓は鼓動を高鳴らせていた。
――この神殿が伝えたかったもの。まだ、全部を見たわけじゃない。
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走りながら、ふと横の壁に輝きを見た。
崩れかけた壁の奥、砂に覆われかけた石版――そこに奇妙な光の紋様が浮かんでいた。
「待って! あれ……!」
沙耶が立ち止まろうとした瞬間、バルドが彼女の腕を掴んだ。
「おい! 命がけで出口を目指してんだぞ!」
「でも……! あれは考古学的に決定的な証拠なの!」
彼女の声は必死だった。
フィリクスがちらりとその壁を見やり、目を見開く。
「……くっ、確かに……! ただの装飾じゃない、“真なる封印”の紋章だ!」
瓦礫がさらに崩れ、石版の上に砂が降り積もる。
沙耶は歯を食いしばり、ティオに叫んだ。
「ティオ! 小さい君なら届く! 急いで写し取って!」
「う、うんっ!」
少年は身軽に壁へ駆け寄り、砂を払って紋様を必死に模写し始めた。
短い時間、ほんの数秒――だがそれは命懸けの作業だった。
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頭上の天井が崩れ落ち、轟音が響く。
フィリクスは魔法の障壁を展開し、ティオの背を守る。
バルドは二人の前に立ち、瓦礫を剣で弾き返す。
沙耶は震える声でティオを励ます。
「大丈夫、君ならできる……信じてる!」
ティオの小さな手が最後の線を描き切った瞬間、壁全体が崩落し、石版は完全に埋もれてしまった。
「間に合った!」
少年は模写した羊皮紙を掲げ、涙混じりに叫ぶ。
沙耶は息を呑んだ。
描かれた紋様は――かつて見たどの文明とも異なる、しかし太陽神信仰と確かに繋がる「失われた記号」だった。
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「よし、もうここに用はねぇ! 全員、出口へ!」
バルドの怒声とともに、一行は最後の直線を駆け抜けた。
前方、崩れかけた扉の隙間から砂漠の陽光が差し込んでいる。
その光は揺れ動く影を引き裂き、彼らを導くようだった。
「飛べぇぇぇッ!」
バルドの掛け声とともに、一行は瓦礫が崩れ落ちる寸前に光の中へ飛び出した。
背後で轟音。
巨大な神殿が地鳴りを響かせ、砂に沈み込むように崩壊していった。
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砂漠の風が吹き抜ける。
全員、砂にまみれながらも無事に地表へと転がり出ていた。
ティオが羊皮紙を抱きしめ、誇らしげに言った。
「……僕、やったよ……! 先生……!」
沙耶はその肩を抱き、笑いながら涙をこぼした。
「うん、君が救ってくれた。あの紋様は、この世界の真実を繋ぐ鍵になる」
フィリクスは砂まみれの眼鏡を外し、苦笑した。
「まったく……君という存在は、私の学問を根底から揺さぶってくれる。忌々しいほどにね」
バルドは空を仰ぎ、豪快に笑った。
「生き延びたんだ、それで十分だろう! ……にしても、こりゃただの遺跡探索じゃ済まねぇな」
沈みゆく神殿の残骸を背に、彼らは互いの姿を確かめ合った。
その瞬間から――仲間としての絆が、砂漠に刻まれたのだった。