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3

 黒い瘴気が濃密に渦巻き、やがて四本脚の獣の形をとった。

 その体は闇そのものが固まったようで、輪郭は曖昧に揺らぎ、光を吸い込んでいる。

 目の部分だけが赤く燃え、神殿の崩壊音をかき消すような唸りを上げた。


「……あれは、封印が揺らいだことで漏れ出した“災厄の欠片”か!」

 フィリクスが顔を青ざめさせる。

「完全体じゃないにしても、ここで相手にするのは危険すぎる!」


 だが逃げ場はなかった。

 背後は崩れた瓦礫で塞がれ、前方には出口へ繋がる光がわずかに差すのみ。

 影の獣が喉奥から低い唸りを響かせ、一歩、また一歩と近づいてくる。


「俺が食い止める。お前らは――」

「待って!」

 バルドの言葉を沙耶が遮った。

「ここで一人を犠牲にするつもり? そんなの考古学的にも人道的にも、間違ってる!」


 バルドは一瞬驚いたが、やがて笑った。

「……お前は本当に変わった女だな。だが、嫌いじゃねぇ」


 影の獣が咆哮し、黒い風が吹き荒れる。

 その瞬間、戦いが始まった。





 先頭に立ったバルドが大剣を振り抜く。

 その一撃は風を裂き、影の獣の前肢を弾き飛ばした。

 だが黒い肉体は霧のように再生し、すぐに元の形を取り戻す。


「やっぱり効きが薄ぇな……!」

 汗が額を流れる。それでも彼は一歩も退かない。





「ならば、俺が!」

 フィリクスが詠唱を紡ぎ、杖の先から炎が奔った。

 火球が獣の胸を直撃し、闇を一瞬だけ焼き払う。


 だが、焼けただれたはずの影が、すぐに別の闇と混ざり合い再生する。

「……自己修復。まるで永続的な呪詛の具現化だ」

 学者としての分析を口にしつつ、彼は奥歯を噛みしめる。





「ぼ、僕もやる!」

 ティオが震える手で石を投げつけた。

 小さな石は獣の頭部をかすめただけだったが、その瞬間、赤い目が少年を捉えた。


「ティオ!」

 沙耶が叫ぶ。


 獣の爪が振り下ろされる――

 だが、バルドが割って入り剣で受け止めた。火花が散り、彼の膝が床にめり込む。


「なかなかやるじゃねぇか、坊主! だが次は俺に任せろ!」

 ティオは震えながらも必死にうなずいた。





 沙耶は戦いの光景を必死に観察していた。

 ――効いていない。だが、一瞬だけ獣の体が揺らぐ瞬間がある。

 炎に焼かれたとき、光が差し込んだとき。


「……そうか! 闇だからこそ、光に弱い!」

 彼女は天井の亀裂を見上げる。そこから差し込むわずかな太陽光。

「みんな! あの光に獣を誘い込むの!」


「なるほど……! お前、やっぱり只者じゃないな!」

 フィリクスが即座に理解し、魔法で光の柱を強調するように炎を放った。

 闇が照らされ、影の獣が忌々しそうに唸る。





 バルドが獣を押し込み、フィリクスが光の方角に魔力で誘導する。

 ティオは石や瓦礫を投げ、注意を引きつける。

 沙耶は崩れた壁を調べ、光の差す角度を瞬時に修正して叫んだ。


「あと二歩! そこだ!」


 光の柱に獣が足を踏み入れた瞬間、黒い体が煙のように揺らぎ始めた。

 赤い目が苦悶に歪み、獣が吠える。


「今だ――!」

 バルドが全力で剣を振り下ろし、フィリクスの炎が重なる。

 光と炎の奔流が獣を包み込み、轟音とともに爆ぜた。


 闇の肉体は形を保てず、霧散していく。

 残ったのは焦げた臭いと、黒い灰だけだった。



 静寂。

 瓦礫が崩れる音だけが、遠くで響いていた。


 バルドが剣を肩に担ぎ、豪快に息を吐いた。

「……やれやれ、骨が折れたぜ」


 ティオは膝から崩れ落ち、涙をこぼしながらも笑った。

「ぼ、僕……生きてる……!」


 フィリクスは杖を握ったまま、沙耶をじっと見た。

「光に誘導する……その発想、俺にはなかった。君の知識、いや、直感……認めざるを得ないな」


 沙耶は胸に手を当て、大きく息をついた。

「まだ……終わってない。出口は、もうすぐそこにあるはずだから」


 その言葉と同時に、頭上の天井が大きく割れ、外の光が広間全体に降り注いだ。

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