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通路の奥は、思ったよりも広かった。
だが一歩踏み込むたびに、砂がざらりと靴底を滑り、長い間誰も足を踏み入れていなかったことを物語っていた。
天井は低く、時折、砂岩の塊がぽろりと落ちる。
バルドは大剣を肩に担ぎ、用心深く進んでいく。
「……崩れそうだな」
「古代の建築は丈夫です。でも罠がある可能性が高い」
「罠? そんなもん残ってるのか」
「はい。仕掛けが単純なほど、壊れずに残るんです」
その言葉が終わるや否や──カチリと音がした。
「っ!」
沙耶が足を止めた瞬間、矢が壁の穴から連射された。
鋭い金属の矢じりが、彼女の頬をかすめる。
「嬢ちゃん!」
バルドが咄嗟に腕を伸ばし、沙耶を背に庇った。
大剣を振るい、飛来する矢を弾き落とす。火花が散り、金属音が地下に響いた。
「っ、危な……!」
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫です……。でもこれ、まだ続きます」
壁一面に開いた穴は、矢の射出口だ。
機構を解除しない限り、通路を進むのは不可能だろう。
沙耶は素早く視線を走らせた。
床、壁、天井──。
そして気付く。床の石が一部だけ、色が違う。
「踏み板……」
「なに?」
「そこだけ石が新しい。重さで作動する仕組みです」
彼女は身をかがめ、砂を払った。すると確かに、薄く文様が刻まれている。
円の中に炎と太陽を描いた紋章。
「太陽が昇る……つまり、この模様を合わせれば仕掛けは止まる」
「どうやって?」
「床石を回転させるんです」
言うが早いか、沙耶は手を伸ばした。
石は固く、女性の力ではびくともしない。
歯を食いしばるが、動かせない。
「っ……! バルドさん!」
「任せろ」
バルドが代わりに石を掴み、全身の筋肉を躍動させてひねった。
ギリギリと鈍い音が鳴り、円の模様が回転を始める。
やがて太陽の線が炎と重なり──音が止んだ。
壁の穴が閉じ、矢の気配が消える。
「……やった」
沙耶は思わず大きく息をついた。
手が汗ばんでいるのを感じる。
「嬢ちゃん、よく気付いたな」
「いえ……これは、古代の太陽信仰の一種です。太陽と炎が合わさることで『再生』を意味するんです。だから……」
「なるほどな。俺にはさっぱりだが、助かった」
バルドは大剣を背に戻し、笑った。
「お前が頭を使って、俺が力を使う。悪くない組み合わせだ」
沙耶は頬が熱くなるのを感じた。
学者としての知識が、初めて誰かの命を救ったのだ。
通路の先には、さらに大きな扉が待ち受けていた。
両開きの石扉には、緻密な浮彫が施されている。
人々が杯を掲げ、炎の中で跪く姿──儀式の一場面だろう。
「これを開ければ……神殿の心臓部です」
「心臓部、ね」
バルドは口角を上げ、背の大剣を軽く叩いた。
「そろそろ本格的に、ヤバいもんが出てきそうだな」
沙耶はごくりと唾をのむ。
学者としての好奇心と、異世界の現実に直面する恐怖が入り混じっていた。
扉の前に立ち、深呼吸する。
「……行きましょう」
「おう」
二人は力を合わせて扉を押した。
重い石がきしみ、ゆっくりと開いていく。
そこに広がったのは──
巨大な祭壇と、砂に埋もれた石棺だった。
天井から差し込むわずかな光が、石棺の表面を鈍く照らす。
その瞬間、沙耶の胸は高鳴った。
「これは……!」