2
大広間に張りつめた空気は、砂漠の夜よりも冷たく、鋭い。
バルドが剣を抜きかけたその瞬間、沙耶が慌てて前に出た。
「待って! バルド!」
バルドの動きが止まる。彼女の目はまっすぐ盗掘団のリーダーを見据えていた。
「……あんたたちが何を求めているかはわかる。けれど、この遺跡は数千年の歴史を持つ貴重な資料。盗んで持ち帰ったところで、せいぜい金にしかならない。破壊すれば、二度と戻らないんです」
片眼鏡の男はしばし沈黙し、やがて喉の奥から笑い声を絞り出した。
「貴重な資料? 歴史? ははは! そんなもん腹の足しになるかよ。俺たちが欲しいのは金だ。王都の闇市にゃ、この神殿の欠片ひとつで屋敷が建つほどの金が動くんだぜ」
「そんな……!」沙耶の声が震える。
その横でフィリクスが、冷えきった声を落とした。
「愚か者どもめ。君たちの欲は、この世界の知の蓄積を灰に変える……。僕は、学者として君たちを絶対に許さない」
リーダーの男は肩をすくめて見せる。
「許すも許さねぇも関係ねぇ。俺たちのやることは決まってる」
そのとき、ティオが小さな声をあげた。
「ま、待ってください! あの……もし、もし遺跡の秘密が知りたいなら……僕たちの先生、沙耶さんならきっと――」
「ティオ!」沙耶が慌てて少年の肩を抱き寄せる。
だがもう遅かった。リーダーの男の目がいやらしく光る。
「ほぉ、つまりあんたが鍵を握ってるってわけか……女学者さんよ」
沙耶の背筋に冷たいものが走る。
男は片眼鏡を外し、口の端を釣り上げた。
「なら話は簡単だ。俺たちの手で、この神殿の“宝”を見つけてもらう。協力すりゃ命は助けてやる」
沈黙。仲間たちは互いに目を見合わせた。
沙耶は唇を噛み、そしてはっきりと言い返した。
「……そんなことのために、私はここに来たんじゃない」
凛とした声が、大広間に響いた。
「この遺跡は、破壊も略奪もされるためにあるんじゃない。私は学者として、真実を知るためにここにいる。あんたたちの手伝いなんて、絶対にしない!」
盗掘団の男たちの顔に、嘲笑と怒気が同時に浮かぶ。
リーダーは低く舌打ちをすると、手を振り上げた。
「……交渉は決裂だ。やれ!」
刹那、大広間に剣が抜かれる金属音が重なった。