4
厚い石壁に刻まれた符号を、二人の学者は見つめていた。
砂に埋もれ、数千年もの時を経てなお光を失わぬ黄金の象形。
「……ここだな。封印の核心部」
フィリクスが低く呟いた。揺れる松明の灯が、彼の長い前髪を赤銅色に照らす。
普段は皮肉を隠さない彼も、この瞬間ばかりは真剣な眼差しを浮かべていた。
沙耶は、指先で壁の紋をなぞる。
「見て。太陽の印と、血の象徴が重なってる。これ……儀式の構造式だわ」
符号は単なる文字ではない。暦、祭祀、そして生贄。
学問の世界で育った彼女の脳裏に、古代史の数々の記録が一斉に蘇る。
「光で封じ、血で開く……か。まるで伝承そのものだな」
「でも、この配置……ただの神話じゃない。暦の数式が隠れてる」
沙耶が指摘すると、フィリクスは息をのむ。
壁に並ぶ記号を数え直し、瞬時に顔色を変えた。
「……確かに、太陽の運行だ。夏至、冬至……いや、それ以上に細かい天文暦だ」
「そう。つまりこれは“信仰”じゃなく、“計算”なの」
二人の視線が絡み合う。
異なる学問を歩んできた二人が、ここで初めて同じ答えにたどり着いた瞬間だった。
その時だった。
――ドン、と大地が鳴った。
天井から砂がぱらぱらと落ち、奥の巨大扉が低く唸りを上げる。
「……目覚めてる」
沙耶の心臓が高鳴る。
聞こえたのは石の軋む音だけではない。
胸の奥に直接響くような、澄んだ声。
『――わたしを……』
誰かが呼んだ。
確かに、耳にした。だが隣のフィリクスは顔をしかめただけだ。
「今……何か聞こえなかった?」
「……いや。だが気配はある。封じられた何かが、こちらを見ている」
次の瞬間、扉中央の紋章が強烈に輝いた。
太陽の紋様が、まるで鼓動のように脈打つ。
ティオが小さく悲鳴をあげて後ずさり、バルドが剣を構える。
「おいおい……封印が開くんじゃねぇだろうな!?」
扉は完全には開かない。
だが確かに揺らいでいた。
誰もが口を開けずにその光景を見守る。
――その先に眠るものが、いずれ必ず目を覚ます。
そう確信させるには、十分すぎるほどの兆しだった。