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2

 砂塵が巻き上がり、扉の隙間から吹き出す風はただの空気ではなかった。

 それは長い年月を封じ込められていた「気配」であり、圧倒的な重さを帯びた古代の残響だった。


「……空気が、重い」

 沙耶は息を詰まらせた。

 肺に入るたびに、体の奥まで圧力がかかるような感覚。学術的な興奮よりも、初めて背筋を這い上がる恐怖が勝った。


 ティオは目をぎゅっと閉じ、沙耶の袖を握りしめる。

「さやさん……奥に、なにかいる」


 バルドは剣を構えたまま、不動のように立ち尽くす。

「間違いねぇな。生き物じゃねぇ……だが、確かに“息づいて”やがる」


 フィリクスは額の汗を拭い、震える声で言葉を繋いだ。

「……これはただの封印じゃない。碑文にあった“災厄”……それが、ここに眠っているんだ」


 ごう、と扉がさらに開く。

 やがて全貌を現したのは、円形の広間だった。


 高い天井はドーム状に作られ、その中心には巨大な黒曜石の柱がそびえ立っている。

 柱全体が鎖で縛られ、鎖には一つ一つ古代文字が刻まれていた。

 その光景は、学者である沙耶にとって――まさに「古代文明の頂点」とも呼ぶべきものだった。


「……これは、封印具そのもの……!」

 彼女の瞳がきらめき、口から抑えきれない興奮があふれる。

「物理的拘束と呪術的文字列の二重構造……これを維持するために、どれほどの文明技術が必要だったか……!」


 だが、興奮と同時に、恐怖も背筋を走る。

 鎖の隙間から漏れる微光が、まるで内側で“脈打つ心臓”のように鼓動していたからだ。


 ティオは後ずさりし、小さく震えた声を出した。

「ぼ、僕……近づきたくない……」


「下がってろ、坊主」

 バルドが守るように立ちふさがる。


 その時、フィリクスが一歩前へ進んだ。

 前髪の陰から見える瞳が、異様な輝きを帯びていた。

「……ついに辿り着いた……王都の学会でも誰も知らなかった“真の封印”……!」


 沙耶はその声に眉をひそめる。

「待って、フィリクス。下手に触れたら――」


「わかっている!」

 彼は語気を強める。

「だが、私は学者だ! 未知を前にして背を向けることなどできん! 君だって同じだろう!」


 その言葉に沙耶は言い返せなかった。

 確かに彼の言う通りだ。恐怖よりも、知識への渇望が勝ってしまう。それが彼女自身の性分だった。


 フィリクスは鎖の文字を凝視し、手帳を取り出して書き写し始める。

 沙耶もその隣に並び、慎重に符号を照らし合わせる。


「……この構造は……」

「交互に繰り返される詩句だ。呪文の循環式……!」


 二人の声が重なり、同時に気づいた。


「これ、ただの封印じゃない……」

「封印を“維持”するために、外部から常に供物が必要なんだ……!」


 沈黙が落ちた。

 長い年月、この神殿を訪れた人々は血を供え、声を重ねることで封印を繋いできた。

 つまり――誰かが意図して“災厄”を眠らせ続けていたのだ。


「……じゃあ、もし供えなかったら?」

 ティオが震える声で尋ねた。


 沙耶は唇を結ぶ。

「封印は……弱まる。災厄は、目覚める」


 直後――。


 どん、と地響きが広間を揺らした。

 鎖がびん、と震え、黒曜石の柱の奥から低い唸り声が漏れ出す。


「……今の音……まさか」

 フィリクスの声がかすれる。


 沙耶は顔を強張らせながらも、前に踏み出した。

「……扉を開けたことで、封印が揺らいだのよ……!」


 再び地響き。

 鎖が一本、きしむ音を立ててひび割れる。


 ティオが叫んだ。

「出ちゃう……! なにかが出てきちゃうよ!」


 バルドは剣を振り上げ、柱の前に立ちはだかった。

「上等だ。来るなら斬る!」


 だが沙耶は必死に叫ぶ。

「待って! これは物理じゃ止められない! 鎖は“意味”で繋がってる! 解読して、もう一度繋がなきゃ……!」


 フィリクスが息を呑む。

「……つまり、我々で再封印しろと?」


「そうよ!」

 沙耶は目を見開き、彼の瞳を真っ直ぐに射抜いた。

「あなたと私ならできるはず! 知識を合わせれば!」


 しばし沈黙。

 だがフィリクスの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

「……面白い。学者として、これ以上の挑戦はないな」


 二人は並び立ち、黒曜石の柱へと向き直った。

 その後ろで、ティオとバルドが息を呑んで見守る。


 崩れゆく封印を前に――二人の学者が、ついに「共同解読」を始めた。

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