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光の迷宮を突破した一行は、重苦しい沈黙の中で歩を進めていた。
迷宮の最後の鏡が正しい角度に収まった瞬間、天井から差し込んだ光が一本の筋となって床を走り、やがて巨大な石扉を照らし出す。
その扉は高さ十メートルを超え、精緻なレリーフが刻み込まれていた。
人々が祈りを捧げる姿、太陽に両手を掲げる祭司、そして不気味な影に覆われる都市――。まるで歴史そのものを凝縮した壁画のように。
「……ここが、最奥部か」
バルドが唸るように言った。彼の額には、戦闘の緊張ではなく、長旅の末にたどり着いた安堵と畏怖が混じっている。
「すごい……。この規模、この技法……」
沙耶は震える声で呟いた。指先が無意識に石壁をなぞる。
石の削り跡は均一で、装飾のパターンは数百年どころか千年以上前の文明水準を超えている。
「少なくとも鉄器時代レベル……。いや、道具の痕跡からするともっと高度かも」
学者としての血が沸き立ち、声が震える。
しかし、その声に割り込むように、低く皮肉げな声が響いた。
「……やれやれ。やっと君の専門分野か」
フィリクスが前髪をかき上げながら、一歩前に出る。
目を細め、扉の碑文を覗き込んだ。
「“太陽の加護、影を封じる、光の鎖にて”……。ふん、これはただの神話的記述だ。要するに、太陽神が悪しき存在を封じたって話だろう」
「違うわ」
沙耶は即座に反論した。
「これ、暦だよ。ほら、レリーフの中に繰り返し刻まれてるこの記号。太陽の動き、至点と分点を示してる」
フィリクスは眉をひそめる。
「暦? この場面を暦だと? ……詩的すぎる」
「詩的表現を通して、儀式の手順を残してるの。古代の碑文にはよくあることよ」
沙耶は熱を帯びた声で言い、扉の中央に描かれた巨大な太陽紋を指差した。
「ここに刻まれてる線の数は三百六十五本。つまり一年を表してる。加えて、この部分……血と声、って記述がある」
その瞬間、ティオが不安そうに声を上げた。
「ち、血って……。それって、まさか生け贄とかじゃ……」
バルドが拳を握りしめる。
「ふざけた儀式だな。誰かを犠牲にしねぇと開かないってことか?」
「待て」
フィリクスが冷静に割って入った。
彼の瞳が鋭く光る。
「確かに“血と声”とある。だが、“声”とは詠唱、すなわち呪文の類いだ。血は……印章の鍵として少量の血を使う儀式は珍しくない」
「……つまり」
沙耶が息を整え、結論を口にする。
「この扉は、血の印と呪文によって解放される。けれど――」
言葉を切り、扉の下部に視線を移す。そこには崩れかけた警告文が刻まれていた。
『開くは災厄、閉ざすは光。』
「……扉を開ければ、封じられた何かが目覚める」
沙耶の声が低く響いた。
一同の背筋に冷たいものが走る。
静寂の中で、フィリクスが小さく笑った。
「君と議論するのは骨が折れるな。だが、今回は同意しよう。神話ではなく、歴史的な儀式の記録だと」
沙耶は驚き、思わず彼を見つめた。
その目はいつも通り皮肉に細められていたが、奥底には確かな尊敬が宿っていた。
「……ありがとう」
沙耶がぽつりと呟く。
その時、扉の奥から微かな振動が響いた。
地の底からうねり出すような低い鼓動。
まるで、長い眠りから目覚めようとする“何か”の気配。
バルドが剣を構える。
ティオが震えながら沙耶の腕を掴む。
フィリクスは目を細め、ただ扉を凝視する。
「……始まるぞ」
沙耶は唇を結び、扉に手を触れた。
冷たく、そして異様に脈打つ石の感触が返ってきた――。