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光の筋が床を走る。
その動きは、まるで意思を持った蛇のように曲がり、模様をなぞって進んでいく。
「……次は俺が行く」
バルドが先頭に立ち、片足を石板に乗せた。
石が低く唸りを上げ、周囲に響く。だが崩れはしない。
「大丈夫だ。進め!」
ティオが恐る恐る後を追い、沙耶とフィリクスも続いた。
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床に描かれた円形模様の中心で、光は分岐した。
片方は沙耶の指した方角へ。もう一方はフィリクスが示した道へ。
「ここが分かれ道か……!」ティオがごくりと唾を飲み込む。
バルドが振り返る。
「で? どっちだ?」
沙耶は迷わなかった。
「夏至の軌道に従えば、太陽はここから昇る。つまり左よ!」
「いや、太陽神の“死と復活”を考えれば、まず沈むべきだ。右だ!」フィリクスが言い返す。
二人の視線が激しくぶつかる。
「考古学は神話に縛られない!」
「神話を軽んじる学者など学者にあらず!」
バルドが頭をかきむしる。
「チッ……ややこしい学問だな!」
だが次の瞬間、床の石板が低く振動した。
光が――左へと傾いたのだ。
「……ほらね」
沙耶が胸を張る。
フィリクスは一瞬唖然としたが、すぐに表情を引き締めた。
「まだ一つ目だ。次で決まる」
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狭い通路に差し掛かると、鏡が複雑に配置されていた。
天井から差し込む光が無数に分散し、無秩序な閃光となって踊る。
ティオが目を押さえる。
「目が……目がくらむ……!」
「乱反射だわ」沙耶が呟く。
「でも、この角度……鏡を動かせば、光を一つに集められる!」
「待て。触るな!」フィリクスが制止した。
「古代の鏡は極めて精緻に作られている。下手に動かせば破壊だ」
「でも、このままじゃ光の筋が定まらない!」
二人の議論が再び激しくぶつかる。
ティオは震える手でポケットから小さな銅板を取り出した。
「ま、待ってください! これ、村で拾った破片……試してみます!」
彼が差し出した板を鏡の一つにかざすと――光が一本に収束し、真っ直ぐに通路を貫いた。
「……やった!」
「ティオ……!」沙耶の目が潤む。
フィリクスも息を呑み、少年を見つめた。
「……子供の閃き、侮れんな」
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最奥の広間にたどり着いたとき、そこには巨大な円環があった。
天井から垂れ下がる鏡が一枚、ゆっくりと揺れている。
光が円環を通過するたびに、低い重奏音が響いた。
「最後の試練……太陽の沈黙」フィリクスが呟く。
「ここでは必ず一度、光を“消さねば”ならん」
「いいえ、消すんじゃない。冬至の三日間を表すのなら……光は止まるだけ」沙耶が言い返す。
二人の言葉に、ティオが不安そうに沙耶を見上げる。
「沙耶さん……もし間違えたら……?」
「落ちるわ」沙耶は正直に答えた。
だがその目は強かった。
「だからこそ、絶対に間違えない」
彼女は深呼吸し、鏡に手を伸ばす。
角度をわずかに調整すると、光がゆっくりと円環に当たり、そして……完全に止まった。
沈黙。
やがて、円環の縁が黄金に輝き、扉が轟音とともに開いた。
「……やった……!」ティオが叫ぶ。
バルドは大きく息を吐き、肩を回した。
「まったく……胃が痛くなる試練だったぜ」
フィリクスは黙ったまま沙耶を見つめていた。
その視線には、もはや軽蔑も懐疑もなかった。
「……君の知識は、本物だな」
沙耶の胸が熱くなる。
これはただの認められた一言ではない。
“この世界でも、自分の学問が通用する”という証明だった。
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扉の先に待つものは、さらなる深淵。
しかし今、沙耶たちは一つの試練を超え、確かな絆を得ていた。