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3



光の筋が床を走る。

その動きは、まるで意思を持った蛇のように曲がり、模様をなぞって進んでいく。


「……次は俺が行く」

バルドが先頭に立ち、片足を石板に乗せた。

石が低く唸りを上げ、周囲に響く。だが崩れはしない。


「大丈夫だ。進め!」


ティオが恐る恐る後を追い、沙耶とフィリクスも続いた。





床に描かれた円形模様の中心で、光は分岐した。

片方は沙耶の指した方角へ。もう一方はフィリクスが示した道へ。


「ここが分かれ道か……!」ティオがごくりと唾を飲み込む。


バルドが振り返る。

「で? どっちだ?」


沙耶は迷わなかった。

「夏至の軌道に従えば、太陽はここから昇る。つまり左よ!」


「いや、太陽神の“死と復活”を考えれば、まず沈むべきだ。右だ!」フィリクスが言い返す。


二人の視線が激しくぶつかる。


「考古学は神話に縛られない!」

「神話を軽んじる学者など学者にあらず!」


バルドが頭をかきむしる。

「チッ……ややこしい学問だな!」


だが次の瞬間、床の石板が低く振動した。

光が――左へと傾いたのだ。


「……ほらね」

沙耶が胸を張る。


フィリクスは一瞬唖然としたが、すぐに表情を引き締めた。

「まだ一つ目だ。次で決まる」





狭い通路に差し掛かると、鏡が複雑に配置されていた。

天井から差し込む光が無数に分散し、無秩序な閃光となって踊る。


ティオが目を押さえる。

「目が……目がくらむ……!」


「乱反射だわ」沙耶が呟く。

「でも、この角度……鏡を動かせば、光を一つに集められる!」


「待て。触るな!」フィリクスが制止した。

「古代の鏡は極めて精緻に作られている。下手に動かせば破壊だ」


「でも、このままじゃ光の筋が定まらない!」


二人の議論が再び激しくぶつかる。


ティオは震える手でポケットから小さな銅板を取り出した。

「ま、待ってください! これ、村で拾った破片……試してみます!」


彼が差し出した板を鏡の一つにかざすと――光が一本に収束し、真っ直ぐに通路を貫いた。


「……やった!」

「ティオ……!」沙耶の目が潤む。


フィリクスも息を呑み、少年を見つめた。

「……子供の閃き、侮れんな」





最奥の広間にたどり着いたとき、そこには巨大な円環があった。

天井から垂れ下がる鏡が一枚、ゆっくりと揺れている。

光が円環を通過するたびに、低い重奏音が響いた。


「最後の試練……太陽の沈黙」フィリクスが呟く。

「ここでは必ず一度、光を“消さねば”ならん」


「いいえ、消すんじゃない。冬至の三日間を表すのなら……光は止まるだけ」沙耶が言い返す。


二人の言葉に、ティオが不安そうに沙耶を見上げる。

「沙耶さん……もし間違えたら……?」


「落ちるわ」沙耶は正直に答えた。

だがその目は強かった。

「だからこそ、絶対に間違えない」


彼女は深呼吸し、鏡に手を伸ばす。

角度をわずかに調整すると、光がゆっくりと円環に当たり、そして……完全に止まった。


沈黙。


やがて、円環の縁が黄金に輝き、扉が轟音とともに開いた。


「……やった……!」ティオが叫ぶ。

バルドは大きく息を吐き、肩を回した。

「まったく……胃が痛くなる試練だったぜ」


フィリクスは黙ったまま沙耶を見つめていた。

その視線には、もはや軽蔑も懐疑もなかった。


「……君の知識は、本物だな」


沙耶の胸が熱くなる。

これはただの認められた一言ではない。

“この世界でも、自分の学問が通用する”という証明だった。



扉の先に待つものは、さらなる深淵。

しかし今、沙耶たちは一つの試練を超え、確かな絆を得ていた。

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