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4

 広間の静寂を破るように、壁の奥から「ゴゴゴ……」と低い振動音が響いた。

 先ほどの共鳴で仕掛けが作動したのだろう。石壁に刻まれた線刻が赤い光を帯び、絡み合うように扉の方へと収束していく。


 沙耶はノートを取り出し、光の動きを必死に写し取った。

「やっぱり……これは単なる罠じゃない。封印と通路の両方を管理する仕組みなのね」


 フィリクスも壁に寄り、震える指で文字をなぞる。

「……“血を流せば災厄を呼ぶ。声を重ねれば道が開かれる”……そう読めるな」


 彼の言葉に沙耶が頷く。

「私の解釈と一致してる。……つまり、これは古代人が“正しい選択”を残すために作った試練だったのよ」


 バルドが首を傾げる。

「試練……ってことは、わざと危険な仕掛けを残して、選んだ者を試してるってことか?」


「ええ。知識と勇気がなければ、この先へは進めない……そういう思想よ」

 沙耶はそう言いながら、胸の奥で震えを覚えていた。

 ――異世界でも、古代人は未来の人間に問いを投げかけている。

 その感覚は、彼女がこの世界に転生して以来、最も強く“考古学者”である自分を突き動かすものだった。



 赤い光が一点に集まり、やがて広間の正面にある巨大な石扉を照らした。

 扉の表面には円形の文様と無数の星座が刻まれている。


 フィリクスはその配置を見て、目を細める。

「星座の並び……これは暦を示しているな。ただし、普通の暦じゃない。“災厄の星”と呼ばれる暗黒星を基準にした暦だ」


 沙耶は驚いた。

「暗黒星……! あなたも気づいたの?」


「当然だ。君が言うほど、俺は鈍くない」

 フィリクスの声には皮肉が混じっていなかった。代わりに、かすかな誇りと敬意が宿っていた。


 二人は並んで扉の文様を指でなぞり、必死に計算を重ねていく。

 星の配置を暦に変換し、数列を符号化して読み解く――古代文明の叡智に挑む共同作業。


 その間、バルドとティオは固唾を飲んで見守っていた。

「なぁ……何してるのか全然わからんが、すげぇな」

「はい……二人とも、言葉は違うのに息がぴったりで……」



 数刻の後。

 沙耶とフィリクスは同時に顔を上げ、同じ結論を口にした。


「“光を三度導け”」

「“歌を三度響かせろ”」


 二人は互いを見て、思わず笑った。

「……やっぱり、解釈は違うけど結果は同じね」

「ああ。君の異端の知識も、俺の伝統的な学問も……この扉を前にすれば等しく必要だった」


 その瞬間、二人の間にあった氷壁は音もなく崩れ落ちた。

 学者としての誇りが衝突し合い、ようやく共鳴を得たのだ。



 沙耶は深く息を吸い込み、扉の前に立った。

 彼女の声が広間に響き渡る。

 旋律は碑文に刻まれた古代の歌――その断片的な音階をつなぎ合わせたもの。


 最初の声に応じ、扉の星座が光を帯びる。

 二度目で、円形の文様が回転を始める。

 三度目の歌声と同時に、巨大な石扉がゆっくりと開き始めた。


 轟音と共に、冷たい風が吹き抜ける。

 奥には闇が広がり、その中心で淡い光が瞬いていた。


 ティオが息を呑む。

「……扉が……開いた……!」


 バルドは剣を握りしめる。

「ようやく奥へ行けるってわけか」


 そしてフィリクスは、沙耶を見て小さく頷いた。

「……認めよう。君は、異端ではなく……学者だ」


 沙耶は目を細め、静かに答える。

「ありがとう。これからは一緒に解き明かしましょう」


 扉の奥に待つ未知を前に、一行の心はひとつになりつつあった。



 ――こうして、神殿の封印扉は開かれた。

 だが、その先に待つのはさらなる試練と、封じられた“災厄”の真実だった。

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