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光り始めた碑文に、一行は息を呑んだ。
淡い黄金の輝きが文字列を伝い、壁全体がまるで星座のように結ばれていく。
「な、なんだこれ……!」ティオが声を上げた。
光の流れはやがて床へと降り注ぎ、円形の紋様を描き出す。
それは巨大な魔法陣のようであり、同時に古代の天文盤のようでもあった。
沙耶は即座に気づく。
「……暦だわ! ほら、外周は十二の区切り、内側は七つの星の印。これは“時間と星の対応”を表しているのよ!」
だがフィリクスは首を振る。
「違う! これは神の加護を受ける“祭祀の陣”だ! 血と声を捧げ、光を呼び覚ます儀式の場だ!」
二人の意見はまたも正反対にぶつかる。
だが今回は、議論だけでは済まなかった。
突如、魔法陣の中心から砂が噴き上がり、形を成していく。
人の形をした砂の像――砂兵が数体、重々しい音を立てて立ち上がったのだ。
「くそっ、来るぞ!」バルドが剣を抜き放つ。
ティオは悲鳴を上げて沙耶の背に隠れる。
沙耶もフィリクスも言葉を失い、目前の現象に釘付けになった。
――これは、議論の答えを迫る試練だ。
そう、全員が直感した。
⸻
戦闘が始まる。
バルドが剣で砂兵を切り裂くが、砂はすぐに元に戻る。
「ちっ、斬っても意味がねぇ! どうすりゃいいんだ!」
沙耶は壁に刻まれた光文字を必死に読み取る。
「“光を導け”……そう書かれてる! 鏡か何かで光を当てれば――」
だがフィリクスが叫ぶ。
「違う! “血と声を捧げよ”とも刻まれている! これは祭祀の場だ、血の供物が必要なんだ!」
彼は短剣を取り出し、自分の掌を切ろうとした。
「やめなさい!!」沙耶が慌てて手を伸ばす。
「そんなことしたら、本当に命を奪われるかもしれないのよ!」
「君の理屈こそ危険だ! 光で解決できるなら、なぜ魔物が現れる? 血を与えて鎮める、それが古代からの道理だ!」
フィリクスは頑なだった。
沙耶は焦燥を覚える。彼の学問的信念が、命を賭けた独断に変わろうとしている。
⸻
砂兵が迫る。
バルドが盾で受け止めるが、巨体の衝撃に押し込まれる。
「早くなんとかしろ! こっちも限界だ!」
ティオは震える声で叫んだ。
「サ、沙耶さん! どうすればいいの!?」
その声で、沙耶は一瞬の閃きを得た。
――光と血。両方が必要なのかもしれない。
「フィリクス! 待って!」
彼女は鋭く叫び、壁の一部を指差した。
「見て! ここに“二つの供物”ってある! 光と血、両方を揃えて初めて扉が開くのよ!」
フィリクスの目が大きく見開かれる。
だが彼はすぐに顔をしかめ、舌打ちした。
「……君の推測に乗るのは癪だが、確かに筋は通っている」
彼は小さく掌を切り、血を紋様に落とした。
同時に沙耶が壁の反射鏡を調整し、太陽光を導く。
すると魔法陣が一層輝きを増し、砂兵たちは苦しむように崩れ落ちていった。
砂が床に還り、静寂が訪れる。
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重苦しい息をつきながら、バルドが剣を収めた。
「……助かったぜ。だが、危ねぇ橋を渡ったな」
ティオも汗だくになりながら、沙耶とフィリクスを交互に見た。
「すごい……二人が一緒にやらなきゃ、絶対に突破できなかった……!」
しかし当の二人は、互いを睨みつけたままだった。
沙耶は怒りと安堵の入り混じった声で言う。
「あなたの独断で全員が危険に晒されたのよ!」
フィリクスは眉をひそめ、そっけなく答えた。
「君の理屈に賭けるのだって同じことだ。――だが、今回は“君の知識”が役に立ったことは認めよう」
素直さは微塵もない。
だがそれでも、彼の言葉はほんの少しだけ歩み寄っていた。