第7章:学者同士の衝突1
砂漠神殿の深部――先ほどの危機を乗り越えた一行は、さらに奥へと足を進めていた。
通路は狭まり、壁面にはびっしりと碑文が刻まれている。古代の石工が一文字ずつ打ち込んだ痕跡が、今なお鮮やかに残っていた。
沙耶は目を輝かせた。
「すごい……! ここまで詳細な記録が残っているなんて」
壁の文字は連続する象形のような文字列で、ところどころに太陽や月の記号が混ざっている。
沙耶は指先でなぞり、現代の学問で得た知識と照らし合わせながら翻訳を試みる。
「これは……“第一の月が満ちたとき、太陽の門が開かれる”……つまり暦と連動しているのよ。これまでの記録と繋がるわ」
しかし、その言葉にフィリクスが鼻を鳴らした。
「暦? そんな解釈は表面的すぎる。ここに記されているのは宗教的神話だ」
彼は流れるように文字を読み上げる。
「“太陽神は人々に血を求め、声を聞き、その身を贄として力を与える”……ほら、これは祭祀の誓約を表すものだ。暦なんて後付けの合理化にすぎない」
沙耶は即座に反論する。
「違うわ! 確かに神話的表現はある。でも見て、この“星々の交差”を表す記号。これは天文学的現象を記録しているの。単なる象徴じゃなく、実際の暦に基づいた記録よ!」
二人の言葉がぶつかるたび、ティオはきょろきょろと視線を往復させ、バルドはうんざりしたように肩をすくめた。
「始まったな……」と戦士は低くつぶやいた。
「まるで剣を交えてるみたいだ……」ティオが小声で返す。
沙耶はさらに前に出て、壁の別の部分を指差した。
「この“三つの光が重なる刻”という記述! これは日食と月食の組み合わせを指しているのよ。暦を知らなければ、こんな正確な天体現象は予測できない!」
フィリクスも負けじと声を張り上げる。
「いや、これは“神の目が三度閉じられる”という寓意表現だ。古代人は現象を観測していたかもしれないが、それを理解するのではなく“神の意思”として語り継いだのだ!」
空気が熱を帯びていく。
学問という剣で切り結ぶ二人。
やがてその場の空気は、バルドですら一歩退くほどに張り詰めた。
「……どっちが正しいんだろう」ティオがぽつりと漏らす。
「どっちも正しいさ。だが、正しいことが二つあると、人間は争うんだ」バルドが苦々しく言った。
沙耶の声が響く。
「あなたの解釈だけじゃ足りない! 宗教的意味も暦も、両方あって初めて“真実”に辿り着くのよ!」
フィリクスも負けじと吠える。
「真実を追い求めるなら、君のような素人の推測は不要だ! 学術は積み上げられた伝統の上に成り立つものだ!」
二人の視線が火花を散らす。
そのとき――
壁に刻まれた石版の一部が、ひとりでに淡く光り始めた。
まるで二人の議論に呼応するかのように。