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4

 広間の奥に、再び複雑なレリーフが現れた。

 壁一面に刻まれた文字と図像。太陽を模した円、その周囲に並ぶ人々、そして剣を掲げる影の姿。


 フィリクスが近づき、指先で文字をなぞった。

「……これは間違いなく“儀式の記録”だな。太陽神に血を捧げ、災厄を鎮めた……古代の人々の恐怖心が刻まれている」


 沙耶は首を振る。

「違うわ。これは暦の記録よ。ほら、この部分。月の満ち欠けと太陽の位置を示してる。つまりこれは、暦と祭儀を重ね合わせて“時間の流れを封印”したんだわ」


 バルドが腕を組んで首を傾げた。

「……どっちも難しい話だな」


 ティオは壁を見つめ、目を輝かせる。

「でも……どっちも正しいように聞こえるよ」


 しかし、学者二人の議論は止まらない。


「君は実用ばかりに目を奪われている!」

「あなたは象徴ばかりを重視して、機能を見落としている!」


 言葉の応酬は次第に熱を帯び、まるで火花が散るようだった。

 そして、ついにフィリクスが声を荒げる。

「もういい! 俺一人で確かめる!」


「待って!」沙耶が手を伸ばした。

 だが彼は聞かず、レリーフの中央に埋め込まれた石版に触れた。


 ――その瞬間、床が震えた。


 石版から光があふれ、広間全体に波紋のように広がる。

 床に刻まれた紋様が浮かび上がり、まるで網のようにフィリクスの足を絡め取った。


「なっ……!? 動けない!?」

 光の鎖が彼の体を縛り、壁の影から黒い霧のような魔物が姿を現した。


 バルドが即座に剣を抜き、構える。

「やっぱりこうなるんだな……!」


 ティオは悲鳴を上げて沙耶の背に隠れる。

 だが沙耶は冷静に壁を見上げていた。

「これは……『誓約の守護者』。碑文に書かれていた“血と声による解放”って、こういうことだったのね」


 フィリクスは必死に足掻きながら叫ぶ。

「早く……助けろ……! 俺は間違っていない、これは解釈の証明だ!」


 沙耶は息を吸い込み、壁のパターンを再び見直した。

「血と声……つまり、“命の証”と“真実を語る意思”よ」


 彼女は短刀を取り出し、指先を軽く切った。

 滲む血を壁の紋様に触れさせ、同時に声を張り上げた。

「私の名は沙耶! この碑文を読み解き、真実を求める者!」


 瞬間、広間全体が震え、黒い霧の魔物が苦しむようにうねった。

 光の鎖がほどけ、フィリクスの体を解放する。


 彼は倒れ込むように膝をつき、荒い息を吐いた。

 バルドが剣で霧を斬り払うと、それは悲鳴のような音を立てて消え去った。


 静寂が戻る。


 沙耶はフィリクスに手を差し伸べた。

「無茶をするのね。あなたがいなくなったら、解釈を交わせる相手がいなくなるところだった」


 フィリクスは一瞬ためらったが、やがてその手を取った。

「……助けられた、というわけか」


 彼の顔に、ほんの僅かだが照れくさそうな笑みが浮かぶ。

「認めよう。君の異端のやり方にも、確かに真実を導き出す力がある」


 沙耶は頷いた。

「そして、あなたの視点がなければ私は宗教的意味を見落としていた。互いに必要なのよ」


 ティオがぱっと笑顔を見せた。

「じゃあ……二人は仲間ってことだね!」


 バルドが大きくため息をつき、笑った。

「やれやれ。面倒な学者同士の喧嘩も、少しは役に立つんだな」


 こうして――

 異世界の考古学者・沙耶と、王都の学術院から来た若き学者・フィリクス。

 二人の間に、衝突を越えて初めての信頼が芽生えた。

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