3
サンドゴーレムが崩れ落ち、広間には粉塵がゆっくりと沈んでいった。
瓦礫の隙間から射し込む光が舞い散る砂粒に反射し、まるで夜空の星々のように輝いている。
バルドは剣を肩に担ぎ、深く息を吐いた。
「……ふぅ。とんでもねぇ怪物だったな。おい沙耶、今の本当に狙ってやったのか?」
「もちろんよ」沙耶は胸を張った。
「……と言いたいけど、正直、賭けだった。でも、古代の遺跡は“意味のない装飾”なんて滅多にしないの。必ず意図がある。だから信じたの」
「信じた、ねぇ……」バルドは呆れ顔で笑い、だが目の奥に尊敬をにじませた。
「お前の頭ん中は、俺には一生わからんだろうな」
一方で、ティオはその場にへたり込んでいた。
「こ、怖かった……! 死ぬかと思った……!」
小さな体を震わせ、砂を払いながらも、目には輝きがあった。
「でも、沙耶さんの言葉を信じて走ったら……本当に勝てたんだ!」
彼女はしゃがみ込み、ティオの頭を優しく撫でた。
「ありがとう。君が勇気を出してくれたから、この戦いは終わったのよ」
少年は耳まで赤くし、必死に笑顔を作った。
「ぼ、僕も……考古学者になる! 沙耶さんみたいに!」
そんな温かなやり取りを、フィリクスは無表情に見つめていた。
腕を組み、前髪の陰から鋭い瞳をのぞかせる。
「感動的な茶番だな」
吐き捨てるような声。だが、その響きには先ほどまでの皮肉一辺倒とは違う色が混じっていた。
沙耶は立ち上がり、真っ直ぐに彼を見据える。
「茶番でも何でもいい。結果が出た。それが事実よ」
「……事実、か」
フィリクスは小さく呟き、視線を壁のレリーフに移した。
「確かに、制御紋を応用してあのゴーレムを停止させた。学術的には驚嘆に値する。だが……」
彼は壁の模様に手を触れ、淡々と続けた。
「この文様は“制御”だけでなく“祭祀の象徴”でもあるはずだ。君は循環と流れを読み取った。だが、そこに込められた宗教的意味を無視してはいないか?」
沙耶はすぐに反論した。
「宗教的意味付けは確かに重要よ。でも、それは“付随的な解釈”。
機能を見抜かなきゃ、何も動かせない。生きていた人たちにとっては、宗教も実用も表裏一体なの。だから私は“使い方”を優先する」
「机上の空論ではなく、実践を重んじるというわけか」
フィリクスの口元がわずかに吊り上がった。
「だが、君のそれは“異端”だ。学術院の教授たちなら一笑に付すだろう」
「だったら、笑わせておけばいい」沙耶の声は力強い。
「私は学術院の承認が欲しくてここにいるんじゃない。この世界の遺跡を、“当時の人々の目線”で解き明かしたいだけ」
沈黙が落ちた。
埃の舞う静かな広間で、二人の視線が交錯する。
やがて、フィリクスは小さく息を吐き、肩をすくめた。
「……頑固だな。まるで俺の亡き師匠のようだ」
「師匠?」沙耶が問い返す。
フィリクスは答えず、前髪をかき上げる仕草だけを見せた。
そこに覗いた瞳は、冷徹な学者のものというより、どこか憑かれたような執念を宿していた。
「いいだろう。君の異端の方法論、観察してやる。ただし、俺が間違いだと判断したら即座に訂正する。いいな?」
沙耶は一歩踏み込み、笑みを浮かべた。
「望むところよ。異世界の考古学者として、私のやり方を証明してみせる」
そのやり取りを見ていたバルドが、頭をがしがしとかきながらぼやいた。
「なんだぁ……学者同士の話はさっぱりわからんが……とにかく、二人とも同じ方向を向いてるってことか?」
「同じ方向……」沙耶はその言葉を反芻した。
確かに互いの解釈は真逆に近い。だが、目指すものは同じ――「真実の解明」。
ティオが小さな声で言った。
「じゃあ、これから一緒に……?」
フィリクスは短く答えた。
「……必要なら」
それは消極的な言葉であったが、拒絶ではなかった。