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サンドゴーレムの咆哮が、神殿の広間に響き渡った。
その身体は、数百年もの砂が凝固し、岩石と同化したように硬質だった。
巨腕を振り上げると、石柱が容易く砕け散り、粉塵が舞い上がる。
「下がってろ!」
バルドが剣を握り直し、真っ向から飛び込んだ。
その一撃は重く鋭い。だが、サンドゴーレムの腕に叩きつけても、金属音すら鳴らずに弾かれた。
「くそっ……! 硬すぎる!」
彼は歯を食いしばり、再び間合いを詰める。
一方で、ティオは壁際に追い詰められ、怯えた表情を見せていた。
「こ、これ……本当に勝てるの……!?」
そんな中、沙耶の瞳は鋭く輝いていた。
彼女は戦いの混乱を恐れるどころか、ゴーレムの動きを冷静に観察していた。
「……待って。あの動き、均一じゃない。砂の流れ方に規則性があるわ!」
「規則性?」バルドが叫び返す。
「こっちは剣も通らねぇんだぞ!」
沙耶は地面に散った砂を手に取り、指先でさらさらと落とした。
その粒子の流れを、必死に目で追う。
「……そう。重力だけじゃない。風……? いや、違う。内部の“魔力の循環”が、砂の結合を保ってるんだ!」
「ほう……」
その瞬間、背後から冷たい声が響いた。
フィリクスが腕を組み、彼女を見下ろしている。
「面白いな。まるで学術院の講義でも聞いているようだ。だが、証拠は?」
彼の挑発に、沙耶は振り返らず答えた。
「証拠はこれから見せる!」
ゴーレムが再び巨腕を振り下ろす。
バルドが咄嗟に受け止めたが、剣がきしみ、足元の石床がひび割れる。
「ぐぅっ……! おい沙耶! 証拠ってのは早くしてくれ!」
「わかってる!」
沙耶は周囲のレリーフに目を走らせた。
そこには螺旋状に描かれた模様が刻まれている。
「……これ、ただの装飾じゃない。魔力の流れを示す“制御紋”よ!」
ティオが目を見開いた。
「じゃあ、あいつを止められるってこと!?」
「理論上は!」
沙耶は床に指で素早く図形を描く。螺旋を逆向きに辿るような形だ。
「この逆紋を踏ませれば……!」
バルドは彼女の指先をちらりと見て、大きく頷いた。
「了解だ! ――おらぁッ!」
剛腕を振り抜き、ゴーレムの体勢を崩す。
だが巨体はびくともしない。むしろ怒り狂ったように暴れ回り、周囲の石壁を破壊していく。
「うおおおっ! 早くしろ! 持たねぇぞ!」
バルドの額に汗が滲む。
その時――フィリクスが、鼻で笑った。
「無駄だな。そんな落書きで制御陣を再現できるわけがない」
沙耶は強い声で返す。
「学術院がどう解釈するか知らないけど、遺跡は“生きている”。
実際に観察し、法則を掴めば、ここでも通じるはず!」
「思い込みだ」フィリクスの声は冷ややかだった。
「だが……もし正しいなら証明してみろ。そうすれば認めてやる」
ゴーレムが雄叫びを上げた。
その巨脚が、今まさにティオの頭上へと振り下ろされようとした瞬間――
「ティオ、そこに誘導して!」
沙耶が叫ぶ。
少年は震える足を奮い立たせ、必死に走った。
「う、うわあああああっ!」
恐怖に押し潰されそうになりながらも、描かれた逆紋の上へと飛び込む。
ゴーレムもその動きを追って足を踏み出した。
――ズシィンッ!
巨体が逆紋を踏んだ瞬間、床の砂が光を放ち、螺旋模様が浮かび上がった。
砂粒が逆流するようにゴーレムの体を包み、結合がほどけていく。
「効いてる……!」沙耶が叫んだ。
「内部循環が崩れて、制御が乱れてる!」
バルドがその隙を見逃すはずもなかった。
「今だぁぁッ!」
彼の剣が渾身の力で振り下ろされ、ゴーレムの胸部を貫いた。
――ガシャァン!
砂の巨体は轟音とともに崩れ落ち、ただの砂山へと変わった。
沈黙が広間を包む。
「……やった、のか……?」ティオが息を荒げて呟いた。
沙耶は肩で大きく息をつきながら、それでも誇らしげに前を向いた。
「これで、証拠になった?」
フィリクスはしばらく無言で立ち尽くした。
やがて、前髪の隙間から鋭い瞳が沙耶を射抜いた。
「……まさか、本当に制御紋を利用するとはな。
独学でそこまで辿り着いたなら……確かに、ただの素人ではない」
それは、彼から発せられた最初の“認める言葉”だった。