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2

 サンドゴーレムの咆哮が、神殿の広間に響き渡った。

 その身体は、数百年もの砂が凝固し、岩石と同化したように硬質だった。

 巨腕を振り上げると、石柱が容易く砕け散り、粉塵が舞い上がる。


「下がってろ!」

 バルドが剣を握り直し、真っ向から飛び込んだ。

 その一撃は重く鋭い。だが、サンドゴーレムの腕に叩きつけても、金属音すら鳴らずに弾かれた。


「くそっ……! 硬すぎる!」

 彼は歯を食いしばり、再び間合いを詰める。


 一方で、ティオは壁際に追い詰められ、怯えた表情を見せていた。

「こ、これ……本当に勝てるの……!?」


 そんな中、沙耶の瞳は鋭く輝いていた。

 彼女は戦いの混乱を恐れるどころか、ゴーレムの動きを冷静に観察していた。


「……待って。あの動き、均一じゃない。砂の流れ方に規則性があるわ!」


「規則性?」バルドが叫び返す。

「こっちは剣も通らねぇんだぞ!」


 沙耶は地面に散った砂を手に取り、指先でさらさらと落とした。

 その粒子の流れを、必死に目で追う。

「……そう。重力だけじゃない。風……? いや、違う。内部の“魔力の循環”が、砂の結合を保ってるんだ!」


「ほう……」

 その瞬間、背後から冷たい声が響いた。

 フィリクスが腕を組み、彼女を見下ろしている。

「面白いな。まるで学術院の講義でも聞いているようだ。だが、証拠は?」


 彼の挑発に、沙耶は振り返らず答えた。

「証拠はこれから見せる!」


 ゴーレムが再び巨腕を振り下ろす。

 バルドが咄嗟に受け止めたが、剣がきしみ、足元の石床がひび割れる。

「ぐぅっ……! おい沙耶! 証拠ってのは早くしてくれ!」


「わかってる!」

 沙耶は周囲のレリーフに目を走らせた。

 そこには螺旋状に描かれた模様が刻まれている。

「……これ、ただの装飾じゃない。魔力の流れを示す“制御紋”よ!」


 ティオが目を見開いた。

「じゃあ、あいつを止められるってこと!?」


「理論上は!」

 沙耶は床に指で素早く図形を描く。螺旋を逆向きに辿るような形だ。

「この逆紋を踏ませれば……!」


 バルドは彼女の指先をちらりと見て、大きく頷いた。

「了解だ! ――おらぁッ!」


 剛腕を振り抜き、ゴーレムの体勢を崩す。

 だが巨体はびくともしない。むしろ怒り狂ったように暴れ回り、周囲の石壁を破壊していく。


「うおおおっ! 早くしろ! 持たねぇぞ!」

 バルドの額に汗が滲む。


 その時――フィリクスが、鼻で笑った。

「無駄だな。そんな落書きで制御陣を再現できるわけがない」


 沙耶は強い声で返す。

「学術院がどう解釈するか知らないけど、遺跡は“生きている”。

 実際に観察し、法則を掴めば、ここでも通じるはず!」


「思い込みだ」フィリクスの声は冷ややかだった。

「だが……もし正しいなら証明してみろ。そうすれば認めてやる」


 ゴーレムが雄叫びを上げた。

 その巨脚が、今まさにティオの頭上へと振り下ろされようとした瞬間――


「ティオ、そこに誘導して!」

 沙耶が叫ぶ。


 少年は震える足を奮い立たせ、必死に走った。

「う、うわあああああっ!」

 恐怖に押し潰されそうになりながらも、描かれた逆紋の上へと飛び込む。


 ゴーレムもその動きを追って足を踏み出した。


 ――ズシィンッ!


 巨体が逆紋を踏んだ瞬間、床の砂が光を放ち、螺旋模様が浮かび上がった。

 砂粒が逆流するようにゴーレムの体を包み、結合がほどけていく。


「効いてる……!」沙耶が叫んだ。

「内部循環が崩れて、制御が乱れてる!」


 バルドがその隙を見逃すはずもなかった。

「今だぁぁッ!」

 彼の剣が渾身の力で振り下ろされ、ゴーレムの胸部を貫いた。


 ――ガシャァン!


 砂の巨体は轟音とともに崩れ落ち、ただの砂山へと変わった。

 沈黙が広間を包む。


「……やった、のか……?」ティオが息を荒げて呟いた。


 沙耶は肩で大きく息をつきながら、それでも誇らしげに前を向いた。

「これで、証拠になった?」


 フィリクスはしばらく無言で立ち尽くした。

 やがて、前髪の隙間から鋭い瞳が沙耶を射抜いた。

「……まさか、本当に制御紋を利用するとはな。

 独学でそこまで辿り着いたなら……確かに、ただの素人ではない」


 それは、彼から発せられた最初の“認める言葉”だった。

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