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第6章:謎の学者フィリクス1

 黒き扉の前に立ちはだかる若き学者――フィリクス。

 その姿は異様なまでに冷たい存在感を放っていた。


 フードの下から覗く顔は、細い前髪に覆われ、片目すらまともに見えない。

 だが露わになった口元の線は鋭く、余計な温かみを欠いた冷徹さを思わせる。

 彼の佇まいには、戦士バルドすら思わず剣を引き寄せてしまうほどの圧迫感があった。


「……お前、何者だ?」

 バルドの声は低く、警戒を隠さない。


 フィリクスはゆっくりと顔を上げる。

 その隙間から覗く瞳は、暗闇の中でなお鋭く光っていた。


「私は王都学術院に籍を置く研究者、フィリクス・クロイツァー。

 砂漠神殿の調査を命じられて派遣された。

 もっとも……お前たちのような素人集団が入り込むなど、学術的には許されざる愚行だがな」


 その言葉に、沙耶の心臓が一気に跳ね上がった。

 彼が名乗った“学術院”という言葉。

 この異世界に、体系立てて遺跡を研究する「学問の場」が存在する――それだけで胸が高鳴る。


「学術院……! そんな場所が本当に……!」

 彼女は思わず一歩踏み出した。

「ねえ、そこでは遺跡をどう研究しているの? どんな記録を――」


「質問をするな」フィリクスの声は冷ややかだった。

「それに答える義務はない。

 第一、貴様は誰だ? 身分も証明できぬ異邦人が、私と同じ場所に立っているなど許されん」


 その一言に、沙耶の胸の熱は一瞬で冷え込む。

 彼の声には容赦がなかった。

 まるで「お前は場違いだ」と突きつけられているかのようだった。


「……私の名は真壁沙耶。考古学者よ」

 唇を震わせながらも、彼女は毅然と名乗った。


 フィリクスは小さく鼻で笑う。

「考古学者? それを名乗るのに何年学んだ? どの学派で誰に師事した?

 まさか独学で、壁画を見て適当に解釈してるだけじゃあるまいな?」


 ティオが顔を真っ赤にして前に出た。

「さ、沙耶さんはすごい人だ! レリーフを読んで、村のみんなだって知らないことを解き明かしたんだ!」


 しかしフィリクスは冷ややかに少年を見下ろす。

「……子どもの妄信か。哀れだな。学問を遊び道具と勘違いした者の末路は常に惨めだ」


「なっ……!」ティオが反発しようとするのを、バルドが大きな腕で止めた。


「坊主、こいつに本気になるな」

 バルドはティオを背に庇いながら、じっとフィリクスを睨んだ。

「だがよ、学者様。あんた、ここのことをどれだけ知ってる? 沙耶は命懸けで解読してきたんだ」


「解読?」フィリクスの唇が皮肉に歪む。

「愚かしい。碑文とは、学問の体系を知らぬ者には読み取れぬ。

 独自の視点などと称する解釈は、ただの落書きにすぎない」


 冷酷な言葉が、神殿の石壁に反響した。

 その場の空気は一気に凍りついたかのように感じられた。


 だが――沙耶の瞳には静かな炎が宿っていた。

「いいわ、フィリクス。あなたがどれだけ私を否定しても構わない。

 でも私は、この遺跡が“語ろうとしていること”を見過ごせない。

 あなたが学問を権威のために使うなら……私は真実のために使う」


 フィリクスの瞳がわずかに揺らぐ。

 だが彼はすぐに口元を歪めた。

「ほう……口だけは立派だな。だが、ここから先は実力で証明してみせろ」


 その言葉と同時に、石柱の間から轟音が響いた。


 ゴゴゴ……ッ!


 足元の床石が震え、砂が天井から降り注ぐ。

 不意に、壁の影から異形の魔物が這い出してきた。

 砂の塊が人の形を取り、赤い眼を光らせながら、唸り声をあげる。


「サンドゴーレム……!」バルドが剣を抜き、声を張り上げた。

「クソッ、よりによってこんなところで!」


 ティオは恐怖に足をすくませるが、必死に後退しながらも叫んだ。

「さ、沙耶さん、どうすれば!」


 フィリクスは冷ややかに呟く。

「……運が尽きたな。だがちょうどいい、ここで実力を見せてもらおう」


 沙耶は胸を高鳴らせながらも、強く前を見据えた。

「――いいわ。学者の言葉は行動で証明する。ここで」


 黒き扉の前で、初めての衝突は始まろうとしていた。

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