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開いた通路の先は、長い石段だった。
冷気が下から吹き上がり、砂漠の外気ではありえないほど湿った空気が三人の頬を撫でる。
「……砂漠の下に、こんな地下構造があるなんて」沙耶は呟いた。
「本来なら崩落してるはず。相当な技術で造られてる」
ティオは震えながらも前を見据える。
「下に……何があるんだろう」
「真実か、あるいは死かだな」バルドは片手を剣の柄に置いたまま言い切る。
その声音に、妙な重みがあった。
三人は石段を降りていった。
松明の火が壁を照らすたびに、奇怪なレリーフが現れる。
そこには、太陽を抱く神と、その周囲で跪く人々。
そして次第に、神の姿が歪み、炎に包まれて怪物へと変貌していく様子が描かれていた。
「……これ、最初の外壁にあった“太陽神と人々”の続き……?」沙耶の声はかすれていた。
「でも最後は……神が災厄に変わってる……」
ティオが小さく息を呑む。
「じゃあ……この神殿って、本当に“神様を祀る場所”じゃなくて……」
「“封じるための場所”……」沙耶は呟いた。
「祀るふりをして、実際は災厄を閉じ込める――それが真の役割だったのかもしれない」
言葉を交わす間にも、階段はどこまでも続いた。
やがて三人は、広大な地下ホールへと辿り着く。
そこは天井の高い空間で、無数の石柱が林立し、まるで石の森のように見えた。
中央には黒く巨大な扉が鎮座しており、その表面には無数の鎖が絡みついている。
鎖は赤黒く変色し、ところどころから不気味な光を漏らしていた。
ティオが声を震わせる。
「な、なにあれ……」
バルドも額に汗を浮かべていた。
「ただの扉じゃねぇ……生きてるみてぇだ」
沙耶は石畳に膝をつき、扉に刻まれた碑文を読み取ろうとする。
彼女の額にじわりと汗がにじんだ。
「“光を奪いし者、血を貪りし者、声を惑わす者。災厄ここに封ず。二度と開くことなかれ”……」
その瞬間。
――カンッ。
乾いた音が、石柱の向こうから響いた。
三人は一斉に身構える。
暗闇から歩み出てきたのは、一人の人影だった。
フードを深く被り、手には古びた杖。
しかしその足取りは、まるでここに住み慣れた者のように迷いがない。
ティオが息を呑む。
「だ、誰……!?」
その影は口元だけを露わにし、不気味に笑った。
「……遅かったな。私が先に辿り着いた」
声は若い男のもの。
しかしその響きには冷たさと傲慢さが混じっていた。
沙耶の胸に直感が走った。
「あなた……学者?」
フードの下からのぞいたのは、長い前髪に隠れた目。
知的でありながら、どこか猜疑心に満ちた顔立ち。
――そう、彼こそ後に仲間となる若き学者、フィリクスだった。
「学者……? はっ、そんな甘いものじゃない。
私は王都から派遣された“真の知識人”だ。
お前のような素人まがいの解釈で、この神殿を踏みにじられてたまるか」
その言葉に、沙耶はきっぱりと反論した。
「素人……? 確かに私はこの世界では異端者かもしれない。
でも知識は真実に通じる力。あなたのように権威を振りかざすためのものじゃない」
扉を背に、二人の学者がにらみ合う。
その間にも、封印の鎖がわずかに軋み、不気味な音を立てていた。
――この対立が、やがて彼らの運命を大きく揺るがすことになる。