3
落とし穴をどうにか回避した一行は、再び慎重に通路を進み始めた。
石壁の彫刻はますます精緻になり、松明の光を受けて神々しい輝きを放っている。
だが、沙耶の瞳には畏怖よりも知的好奇心が宿っていた。
「見て、ここの壁画。前のものと違って“星”が描かれているわ」
ティオが目を凝らす。
「ほんとだ……夜空だ! でも、砂漠の夜空とちょっと違う……?」
沙耶は指先で星座をなぞり、思わず息を呑んだ。
「これ……“古代の星図”よ。今の夜空とは星の位置が違う。少なくとも数千年前の空を描いてる」
「数千年……」ティオは言葉を失う。
「じゃあ、この神殿って……」
「そう。とんでもなく古い文明の遺産」
沙耶の声は低く、しかしどこか誇らしげだった。
「今まで見つかったどんな遺跡よりも古い可能性がある」
バルドは首をかしげた。
「星の位置がそんなに大事か?」
「大事よ。天体の動きは暦や宗教儀式に直結するの。ここに描かれてる星図が本物なら――この神殿は“時間そのもの”を刻む巨大な暦でもあるの」
彼女の言葉に、少年ティオの瞳はますます輝きを増した。
「すごい……! やっぱり考古学って最高だ!」
そんな会話を交わした直後だった。
――バタン。
突如として、背後の扉が閉まる重い音が響いた。
三人は振り返り、顔を青ざめさせる。
「閉じ込められた……!?」ティオが叫んだ。
バルドが力任せに扉を押すが、びくともしない。
「クソッ、外から岩盤が落ちたみてぇに固まっちまってる……!」
沙耶は周囲を見渡し、すぐに冷静に分析を始めた。
「……これは“退路を断つ仕掛け”。この部屋を突破しなければ出られないようになってる」
部屋の中央には、巨大な石製の祭壇があった。
その上には三つの皿のような窪みが彫られ、壁には「光」「血」「声」という古代文字が並んでいる。
「な、なんか嫌な予感がする……」ティオが身を縮める。
沙耶はじっと碑文を読み取った。
「“光を捧げ、血を流し、声を響かせよ。さすれば道は開かれる”……」
バルドが険しい顔になる。
「血ってのは……犠牲のことか?」
沈黙が落ちる。
だが沙耶はすぐに首を振った。
「いいえ、これは比喩表現よ。古代の儀式では“血”は生け贄を意味することもあるけど――必ずしも命を差し出すわけじゃない。少量の血、あるいは象徴的な供物で代用できる場合もある」
そう言うと、彼女は自分の指を針で軽く刺した。
一滴の血が、赤く光りながら祭壇の皿に落ちる。
その瞬間、部屋全体が低く震えた。
「やっぱり……!」沙耶は小さく笑った。
「正解みたいね」
次に「光」。
彼女はティオに松明を持たせ、皿の上にかざすよう指示した。
炎が揺れると、壁の鏡片に反射し、部屋全体に黄金の光が広がった。
最後は「声」。
沙耶は深呼吸し、壁に刻まれた祈りの言葉を朗唱する。
『太陽よ、我らに道を。災厄を封じし力よ、我らを導け』
その声が反響し、部屋の奥の石壁にひびが走った。
轟音とともに隠し扉が開き、先へ続く通路が現れる。
ティオは歓声をあげた。
「やった! 沙耶さん、すごい!」
バルドも腕を組み、深くうなずいた。
「……お前の頭脳がなきゃ、ここで終わってたな」
しかし沙耶は油断しなかった。
彼女の視線はなおも奥の闇を見据えている。
「ここまでの仕掛けはまだ“試練”。本当の危険は、この先にある」
通路の奥からは、ひんやりとした風と、かすかな囁きのような音が聞こえてきた。
それはまるで、何かが彼らを待ち構えているかのようだった。