第5章:砂漠神殿の入口1
砂丘をいくつも越えた先に、それは姿を現した。
黄金の光を受けて輝く巨大神殿。外壁は砂に半ば埋もれながらも、なお圧倒的な存在感を放っていた。
沙耶は思わず足を止め、息をのむ。
「……やっぱりすごい。昨日見たときよりも、もっと鮮明に全体像が見えるわ」
神殿の正面には、古代文字の刻まれた巨大な門。左右にそびえる石柱は風化してなお直立を保ち、砂漠の支配者のように威風堂々としていた。
バルドは大剣の柄に手を置き、低く唸る。
「やれやれ……またここに戻ってくるとはな。何度見ても気味が悪いぜ」
「気味が悪いんじゃなくて、壮大なんだよ!」とティオが割って入った。
少年の目は輝き、まるで夢の中にいるようだ。
「こんなに大きな建物が、砂漠に残ってるなんて……やっぱり古代人はすごかったんだ!」
その声に、沙耶の胸も熱くなる。
(そうよ。私がここに来たのは偶然じゃない。この神殿が、私を呼んでいる)
神殿の門の前に立つと、空気がひんやりと変わるのを感じた。
熱砂に照らされていた肌が、急に夜のような冷気に包まれる。
ティオはごくりと唾を飲んだ。
「……なんか、見られてるみたいだね」
沙耶は静かにうなずいた。
「そう。ここはただの建築物じゃない。今もまだ、何かが息づいてる」
門の両脇には奇妙な石像が立っていた。獅子の胴体に鳥の翼、角を持つ異形の守護者。
石でできているはずなのに、瞳がわずかに光っているように見える。
「おい、沙耶」とバルドが低く囁く。
「この像……ただの飾りか?」
沙耶は石像を注意深く観察した。
表面の摩耗具合、砂が堆積した跡、そして足元に埋め込まれた金属の板――。
数秒後、彼女の目が鋭く光った。
「これは罠よ。像の下の板は、砂圧で作動する仕組み。誰かが不用意に門に近づけば、上から石槍が降ってくる」
ティオが驚きの声を上げる。
「えっ!? そんな仕掛け、どうしてわかったの?」
「考古学の基本よ」沙耶は指で地面をなぞった。
「板の周囲だけ砂が不自然に沈んでいるでしょう? それに、像の内部に空洞の反響がある。これは古代の“トリガー装置”の一種よ」
バルドは苦笑した。
「俺にはただの石にしか見えねぇが……お前が言うなら間違いないんだろうな」
「よし!」とティオが勢いよく踏み出しかけ――
「待って!」
沙耶が少年の腕をつかんだ。
「ティオ、こういう仕掛けは正しく解除しなきゃダメ。好奇心だけで突っ込むと命取りになるわ」
ティオは顔を赤くしながらうつむいた。
「……ごめん」
沙耶は優しく微笑んだ。
「謝らなくていいの。あなたの好奇心は大事な力よ。でも、知識と慎重さを組み合わせてこそ“学者”になれるの」
その言葉に、ティオの目が再び輝きを取り戻す。
「うん、わかった! ちゃんと見て学ぶよ!」
沙耶は頷き、指示を出した。
「バルド、私が指定する足場だけを踏んで。あなたの力で砂板を崩してもらうの」
「任せとけ」
バルドが剣を振り下ろすと、罠の板が砕け、内部の仕組みが露わになった。砂の下には複雑な歯車と石の筒が並び、もし作動していたら鋭い槍が雨のように降り注いでいたことだろう。
ティオが目を丸くする。
「すごい……! これが古代の仕掛け……」
「ただの仕掛けじゃないわ」沙耶は目を細めた。
「これは“意図”よ。神殿を荒らす者を拒み、選ばれた者だけを通すための」
門の前に立つと、石像の瞳が一瞬だけ光ったように見えた。
まるで、彼らを試すかのように――。