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少年ティオの熱い言葉に、村人たちは顔をしかめた。
「また始まった……」
「ティオ、お前は夢見すぎなんだ」
「神殿なんぞ触れれば、村に災いが降ると昔から言われておる!」
ざわつきは非難へと変わり、少年に向けられた視線は厳しかった。
ティオは唇をかみしめ、それでも視線を逸らさない。
「災いなんて関係ない! 僕は知りたいんだ! 神殿に眠るものを、歴史を、真実を!」
その言葉は夜気を震わせ、焚き火の炎を一瞬強くしたように思えた。
だが、村人たちの反応は冷たい。
ため息、首振り、あきらめたような視線。
彼はこの村でずっと、異端児として扱われてきたのだろう。
沙耶は胸が痛んだ。
(あぁ……私も、少し似ているのかもしれない。考古学をやりたいと言ったとき、周囲から“そんな夢に何の意味がある”と何度も言われた。でも私は諦めなかった……)
彼女の視線に気づいたティオが、一歩近づく。
「お願いだ、沙耶! 君の弟子にしてくれ! 僕に、本物の考古学を教えてくれ!」
呼び捨てにされて、沙耶は少し驚いたが、悪い気はしなかった。
それどころか――心の奥に熱が走る。
けれど、すぐに冷静な理性が頭をもたげた。
「ティオ……」
彼女は柔らかい声で言った。
「あなたの気持ちはすごく嬉しい。でも、私はまだこの世界に来たばかり。右も左もわからないし、師匠なんて大それたことはできないわ」
その言葉に、ティオの顔が曇る。
村人たちの中から、「ほら見ろ、無理に決まってる」という冷笑が漏れた。
少年は拳を握りしめ、悔しそうに俯いた。
バルドが肩をすくめて口を挟む。
「ガキの戯言は放っとけ。嬢ちゃん、お前も無理に背負い込むことはねぇ。旅はこれから長いんだ」
確かに、理屈としては正しい。
だが、沙耶の胸は妙にざわめいていた。
目の前の少年の悔しさや孤独が、自分自身の過去の記憶と重なって仕方がない。
(私だって同じだった……反対されても、笑われても、それでも“知りたい”という気持ちを手放せなかった……)
ティオが必死に顔を上げる。
その瞳にはまだ消えぬ光があった。
「だったら……だったら、せめて一緒に連れていってよ! 僕は邪魔にならない! 荷物だって運べるし、水汲みだってできる!」
小柄な身体を張りつめるように主張する少年。
沙耶は思わず言葉を失った。
その場に沈黙が落ちる。
村人たちは呆れたように頭を振り、火の周りから次々に立ち去っていった。
やがて残ったのは、沙耶、バルド、そしてティオだけ。
夜風が一層冷たくなり、砂漠の月が白く光っている。
「……」
沙耶は深く息を吐いた。
ティオに向き直り、真剣な声で言う。
「ティオ、私からも一つ条件を出すわ。考古学は夢や憧れだけじゃやっていけない。危険があるし、命を落とすことだってある。あなたは――それでも諦めない覚悟がある?」
少年は一瞬、ためらいもせずに答えた。
「ある! 僕は絶対に諦めない!」
その声に、沙耶の胸が強く揺さぶられた。
(……やっぱり、この子を見捨てるなんてできない)
彼女は小さく微笑み、バルドに目をやった。
バルドは溜め息をつき、肩を竦める。
「……嬢ちゃんの好きにしろ。ただし、責任は自分で取れよ」
沙耶はうなずいた。
そしてティオに向かって手を差し出す。
「なら……ようこそ、ティオ。これから一緒に学んでいきましょう」
少年の顔がぱっと輝いた。
「ほんとに!? ありがとう、沙耶!」
その小さな手が力強く彼女の手を握った瞬間、沙耶は感じた。
――自分はまた、大切な仲間を得たのだと。