第4章:村の少年ティオ1
夜の砂漠は、昼間の灼熱が嘘のように冷えていた。
沙耶とバルドは村へと戻り、土壁の民家が寄り集まる小さな集落に足を踏み入れる。
灯火がいくつか揺れており、家々からは香辛料と焼きパンの香りが漂っていた。
「こんなところに村があるなんて……」
沙耶は感嘆の声を漏らした。
砂に覆われた世界に、これほどの人々の営みが息づいていることが、ただそれだけで尊く思えた。
「この辺りじゃ有名な村だ。旅人の水や食料を融通してくれる」
バルドは気安く説明する。
「ただし……あの神殿に近づくとなると、ややこしい話になるぞ」
彼の言葉どおり、村人たちは二人を見るなりざわめいた。
特に沙耶の異国風の顔立ちと服装は、強烈に目立ったのだろう。
ざわざわとした空気が広がり、やがて年老いた村長と思しき男が杖を突きながら現れた。
「……お主ら、神殿に入ろうとしているのか?」
低く響く声。
沙耶は一瞬ためらったが、胸を張って答える。
「はい。あの神殿は――人類の歴史にとって大きな意味を持つはずです」
「歴史?」
村長は目を細めた。
「歴史だと……? あれは呪われた地じゃ。太古の災厄を封じ込めた、二度と開いてはならぬ場所じゃ」
村人たちの視線が一斉に突き刺さる。
恐怖、怒り、不安――さまざまな感情が混ざり合っていた。
沙耶は唇を噛む。自分の好奇心が、彼らの恐怖心を逆なでしているのだ。
だが、そのときだった。
群衆をかき分けるようにして、一人の少年が飛び出してきた。
栗色の髪をした細身の少年。目は大きく、砂漠の夜空のように澄んでいた。
「待って! この人たちを責めないで!」
声はよく通った。
村人たちが驚いて振り返る中、少年はまっすぐに沙耶を見つめる。
「僕は……僕はずっと夢見てたんだ! いつか考古学者になって、神殿の謎を解き明かすことを!」
その言葉に、村人たちのざわめきが一層大きくなった。
沙耶は一瞬、耳を疑った。
「……考古学者?」
少年は力強く頷く。
「そうだよ! 僕の名前はティオ。村では変わり者って言われるけど、僕はずっと、本で学んできたんだ。星の動きや、古い碑文の読み方だって!」
彼は興奮した様子で言葉を畳みかける。
「君みたいな人を待ってたんだ! どうか、僕を弟子にしてくれ!」
沙耶は目を瞬かせた。
異世界に来てから初めて、自分の専門――考古学――に憧れを抱く存在と出会ったのだ。
心が熱くなる一方で、冷静な自分が問いかける。
(弟子……? 私にそんな資格があるの……?)
バルドは腕を組み、呆れたように笑った。
「おい坊主、お前、何を言い出すんだ。遺跡は遊び場じゃねぇぞ」
「わかってる!」
ティオは一歩も引かなかった。
「でも、僕だって夢を見ていいはずだ! あの神殿の謎を解きたいんだ!」
夜風が吹き抜ける。
焚き火の火が揺れ、村人たちの顔を赤く染めた。
その中央で、少年の瞳はまっすぐに燃えていた。
――沙耶は気づいてしまった。
その瞳は、かつて自分が考古学を志したときと、まったく同じ光を宿している。