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4

 風が吹き抜ける。

 砂が頬を打ち、外壁のレリーフが一瞬だけ揺らめいて見えた。

 沙耶は無意識に胸の奥を押さえていた。そこには、ただの学術的興奮だけではない――深い畏怖が芽生えていた。


 けれど、同時に心は震えていた。

「……これだわ」

 思わず声が漏れる。

「この神殿こそ、私が生涯をかけて探し求めてきた“失われた文明”の証。考古学者として、この謎を解き明かさなきゃ」


 バルドはその横顔をじっと見ていた。

 彼女の声には、恐怖よりも強い情熱が宿っている。

 普通の女なら泣き出して逃げ出す場面だ。だが、この小柄な異邦の娘は違った。


「お前、ほんとに物好きだな」

 低く笑うバルドの声。

 だがその笑みは皮肉ではなかった。

「けど、嫌いじゃねぇ。……よし、付き合ってやる。剣は俺に任せろ」


 沙耶は驚いて振り返った。

「バルド……」


「学問がどうとかはわからねぇ。だが、お前がそこまで言うなら、きっと意味があるんだろう」

 大剣の柄をトン、と肩に叩きつけるように持ち上げ、豪快に笑う。

「俺は護衛だ。お前が“知りたい”って言うなら、そのために戦ってやる」


 沙耶の胸に熱いものが込み上げてきた。

 異世界に来て、まだ右も左もわからない。

 けれど――彼女はすでに、頼れる仲間を得ていた。


「ありがとう、バルド。あなたがいてくれるなら……進める」

 沙耶は深く頷き、再び外壁へと目を向けた。


 そのときだった。

 夕陽が傾き、最後の光が神殿を黄金に染める。

 外壁のレリーフに刻まれた“暦”が、その光を受けて淡く輝いたのだ。


「……!」

 沙耶は息を呑んだ。

 浮かび上がる光の線。それは偶然ではなかった。

 星座の配置を模した図形が浮かび上がり、中心に“太陽”が描かれている。


「やっぱり……! これは暦と儀式の地図よ!」

 指でなぞりながら、沙耶は震える声で言う。

「災厄を封じたのも、解放するのも……この配置に従って儀式を行うのね」


「解放……?」

 バルドの目が鋭く光る。

「つまり、誰かがその儀式を使えば、災厄を呼び戻せるってことか」


 空気が一層重くなる。

 沈黙の中、二人は顔を見合わせた。


 やがて沙耶は、静かに、しかし強く言葉を放った。

「だからこそ、私たちが先に確かめなきゃならない。この神殿の奥に、何が眠っているのかを」


 その声には、迷いはなかった。

 学者の好奇心を超え、この世界に生きる者としての使命感が宿っていた。


 バルドは深いため息をつき、空を仰ぐ。

「……まったく、巻き込まれたもんだ」

 だが口元には笑みが浮かんでいた。

「いいだろう。お前の道、俺が力で切り開いてやる」


 二人の間に、確かな絆が芽生え始めていた。


 そのとき、遠くの村の方角から犬の吠える声が聞こえてきた。

 日が沈み、夜が砂漠を覆い始める。

 神殿は闇の中に沈み、外壁のレリーフも再びただの石の影に戻った。


 だが沙耶の胸には、鮮烈な光景が刻みつけられていた。

 光と血と声――古代の儀式の断片。

 そして、誰かがこちらを見ているという確かな気配。


 夜風が二人の間をすり抜けていった。

 砂の匂いに混じって、かすかな歌声が聞こえたような気がした。


「……バルド」

「なんだ」

「明日、あの神殿に入る」


「決まりだな」

 バルドは大剣を背負い直し、ゆっくりと歩き出す。

 その背を追いながら、沙耶は小さく呟いた。


「――私は、絶対に解き明かす」


 闇に沈む神殿を背に、二人は村へと戻っていった。

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