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 沙耶は壁面のレリーフに指先を滑らせながら、さらに細部を観察した。

 最初に目に入ったのは、太陽の周囲に刻まれた大小の点――まるで星座早見盤を縮図にしたような、幾何学的なパターンだ。


「これは……単なる飾りじゃない。点の数は二十八。つまり――二十八宿……月の運行を基準にした暦だわ」

 声が熱を帯びる。学術的発見を目前にしたときの、研究者特有の昂揚感。


 だがバルドは「またか」という顔をして腕を組んだ。

「二十八? 三十でもなく、三百六十五でもなく? わざわざそんな半端な数字に意味があるのか?」


「あるの。月はおよそ二十九日で満ち欠けを繰り返す。でも古代の人はもっと精密に観測して、二十八段階で区切ったのよ。これは“月の暦”を基準にした信仰体系」


「ふむ……。だがな、月の形を毎晩数える暇があったら、畑を耕すとか獲物を狩るとかした方がいいんじゃねぇのか?」

 バルドの現実的な突っ込みに、沙耶は思わず吹き出した。


「そう思うでしょ? でもね、彼らにとって暦は生きるための武器だったの。雨が降る季節、作物を植える時期、家畜を交配させる日……全部、星や月が教えてくれたのよ」


「……なるほどな。農のための武器ってわけか」

 バルドの表情がわずかに和らぐ。

 彼のように力を頼りに生きてきた戦士にとって、“知識が武器になる”という概念は、まだ完全には腑に落ちていない。だが少しずつ、その価値を理解し始めているようだった。


 沙耶はさらに目を上へ移した。太陽を仰ぐ人々の像。その中央に立つ大きな人物像は、片手に杖、もう片手に炎のような光を掲げている。


「……この姿。間違いなく“祭司王”ね」

「王? ただの神官じゃなくてか?」

「ええ。このポーズは権威と信仰を同時に示している。つまり、この神殿は単なる宗教施設じゃない。“政治権力”の象徴でもあったのよ」


 言いながら、沙耶の胸は高鳴った。

 神話と歴史の境目。学者たちがこぞって議論してきた“王権と宗教の融合”を、いま彼女は異世界の壁面で直に見ている。


 ふと、人物像の足元に視線を移した。そこには奇妙な場面が描かれていた。

 ――人々が地面にひれ伏し、頭上から光が降り注ぐ。

 その中央には、大きな円と、複雑な紋様に囲まれた「黒い穴」のような形。


「これは……災厄の描写?」

 思わず声が震える。


「災厄? おい、それは縁起でもねぇな」

 バルドが眉をひそめる。


「“黒い穴”は日食の表現かもしれない。太陽が隠れる現象を、彼らは“災厄”と恐れた。そして……この杖を持つ王は、その恐怖を鎮めるために儀式を執り行ったのよ」


 沙耶の言葉が風に溶けて消える。

 彼女の胸に浮かんだのは、考古学者としての直感。

 この神殿は――ただの信仰施設ではない。

 “天体現象を予測し、災厄を回避するために築かれた巨大装置” だったのではないか。


 その瞬間、またしても背筋を撫でるような“視線”を感じた。

 まるで壁そのものが、彼女の洞察を肯定し、さらに奥を覗けと囁いているようだった。

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