第3章:神殿の外壁に眠る謎1
砂漠の陽射しは、容赦なく降り注いでいた。
真壁沙耶は手の甲で額の汗を拭いながら、目の前にそびえる巨大神殿の壁面を見上げた。近づけば近づくほど、その存在感はただの建造物ではなく「時の化石」とでも呼ぶべきものに変わっていく。
「おい、また立ち止まってるぞ」
後ろから低い声がかかる。戦士バルドだ。砂漠の陽に焼けた肌と鍛え上げられた体躯は、まるでこの世界そのものに刻み込まれた岩石のように逞しい。
「ごめん。……でも、これはちょっと放っておけない」
沙耶は夢中で壁面に手を当てた。石は滑らかではなく、風砂に削られてざらついている。けれど、その表面に浮かぶ模様は、千年単位の時間を超えてなお、はっきりと主張していた。
――レリーフだ。
浅く彫り込まれた人影。腕を掲げる神々しい姿。その周囲を取り巻く円環と線は、ただの装飾に見えて、彼女の目には「暦」「天体観測」「儀礼」を暗示する記号群にしか見えなかった。
「やっぱり……太陽信仰の痕跡。いや、太陽だけじゃないな」
沙耶は独りごちるように呟いた。
「太陽……? ただの丸じゃねぇのか?」
バルドが首を傾げる。
「そう見えるかもしれないけど、これは単なる丸じゃないの。中心の点、そして外側の細かい刻み目……。これは“太陽暦”を示すものよ。おそらく、ここに描かれた神殿全体が巨大な暦装置として使われていた」
「暦装置? ……悪いが余計にわからん」
バルドは苦笑して後頭部を掻いた。
沙耶はそんな彼の反応に小さく笑みをこぼす。異世界に来てもやっぱり彼女は、知識を語らずにはいられなかった。そして、そうして説明する時間こそが、彼女にとって生きている実感だった。
壁のさらに上部には、翼を広げた鳥の姿が刻まれている。その翼の角度は左右非対称で、意図的に歪められていた。
「この鳥……鷲かしら。それとも、太陽を運ぶ象徴生物?」
彼女は足場を探し、石をよじ登るようにして目を凝らした。
すると、翼の端に星型の刻印が三つ並んでいるのを発見した。
その並びは――見覚えがあった。
「……オリオン座?」
思わず口からこぼれた言葉に、バルドは目を瞬かせる。
「オリ……何だって?」
「星座よ。星の並び。これは偶然じゃない。この文明は夜空を観測して、星々と太陽の関係から暦を組んでいたのよ」
沙耶の声は高鳴っていた。心臓が速く打つのは、暑さのせいだけではない。
「なるほどな……星を見て時間を測るってのは、旅の時に方角を取るのと似てるのか」
バルドなりに理解しようと、腕を組んで唸る。
「そう! 航海術と同じ。だからこれは装飾じゃなく、“記録”なの。過去の人たちが、この神殿に込めた叡智そのもの」
砂漠の風が吹き抜け、壁の砂をさらっていく。
ほんの一瞬、レリーフの線が陽光を反射し、まるで“こちらを見ている”かのように光った。
沙耶は息を呑んだ。
あの視線――プロローグで感じたものと同じ、不思議な感覚が胸をざわつかせた。