プロローグ
砂が舞い、視界が揺れる。
気づけば真壁沙耶は、灼熱の砂漠のただ中に立っていた。
大学院の研究室で資料をめくっていたはずなのに──気づいたら見知らぬ大地にいた。
目の前には、砂に埋もれかけた巨大な神殿。
壁には太陽を象ったレリーフが刻まれ、入口は黒々と口を開けている。
「……どこ、ここ……」
呟いたその瞬間。
低い唸り声が背後から響いた。
振り返ったときにはもう遅かった。
砂煙を巻き上げながら、獣が飛びかかってくる。
その姿は獅子に似ているが、背に棘のような甲殻を持ち、牙は常識を超えて長い。
体がすくむ。だが次の瞬間──
「危ねぇって言ってんだろ!」
怒鳴り声とともに、鎧の大男が飛び出してきた。
沙耶の体を抱きかかえるように引き寄せ、剣を振るう。
鋼の刃が火花を散らし、獣の爪を弾いた。
──すごい。
恐怖と同時に、沙耶の胸は奇妙な高鳴りで満たされていた。
「下がってろ! こいつは俺がやる!」
鎧の大男が吠える。
沙耶は反射的に、足元の砂の奥を見た。……そこに、石造りの床が隠れているのが見える。
模様は円形、中心に太陽の意匠。
「待って! その床の文様、踏まないで!」
「はあ!?」
「たぶん罠がある! 踏んだら崩れる!」
咄嗟に叫んだ。
男は一瞬眉をひそめたが、次の瞬間、反射的に足を止めた。
その直後、獣の巨体が床にのしかかる。
轟音とともに、石の床は抜け落ちた。
咆哮をあげながら、怪物は奈落の闇へと消えていく。
「…………マジかよ」
鎧の大男は呆然としたように呟き、振り返って沙耶を見下ろした。
その瞳には、驚きと、少しの興味が混ざっていた。
「嬢ちゃん……あんた、何者だ?」
その問いに、沙耶は息を切らせながらも周囲を見渡した。
崩れた床、壁に刻まれた太陽のレリーフ、熱風にさらされる砂の匂い。
「……ここは、どこなんですか?」
問い返すと、男は当然のように答えた。
「アリダ砂漠だよ。百年前の帝国が建てた神殿跡地だ。生きて帰れるやつは少ねぇ」
聞いたことのない地名に、沙耶は喉を鳴らした。
──やっぱり。ここは地球じゃない。
だが、心のどこかで震えるような興奮が膨らんでいた。
目の前に広がるのは、自分が夢見た未知の文明の遺跡。
「……ただの、考古学オタクです」
小さく笑みを浮かべてそう名乗った瞬間、彼女の異世界での物語は幕を開けた。