表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

■第9章:オレは化粧をする


ショーツまで買い終わって、ようやく解放されるかと思ったオレの希望は──

つむぎの一言であっさり打ち砕かれた。


「さ、じゃあ次は化粧品コーナー行こか♪」


「……は? まだあんの?」


「女の子として外出るなら、化粧も覚えなあかんで。別に濃いのはせんでええけど、ちょっとは整えとこ」


──そんな理屈があるかっ。


そう言いたかったが、もう何を言っても無駄やという空気を察して、オレはしぶしぶ後に続いた。


エスカレーターを下りた先、1階のフロアはキラキラした光とガラスの什器に囲まれた、別世界のような場所だった。


──化粧品売り場。


つややかな髪を揺らす女性たちが、次々とテスターを手に取っては、鏡の前で眉を整えたり、指先でリップをぼかしたりしている。


どこもかしこも、オレの知ってる世界と違いすぎて、足がすくんだ。


「え……オレ、ここ入ってええんか?」


「お兄、今の見た目でそれ言う? どこからどう見ても女の子やん」


つむぎは、いたずらっぽく笑って、ずかずかとその世界に入り込んでいった。


──ほんまに、肝が据わっとる。


オレは周囲の視線が気になって、キャップのつばをぐいっと下げた。


「見てみて、お兄! ここのブランド、無料のタッチアップやってるんやって。今なら空いてるブースあるし──」


そう言った瞬間、オレは手首をぐいっと引っ張られ、鏡の前のイスに座らされた。


「ちょ、ちょっと待てって!」


「店員さーん、この子、化粧してもらえますか? 初めてなんです」


「……えっ」


パウダリーな香りの中、白衣姿の女性がやってきた。

見るからにメイクがバッチリ決まってて、まるで雑誌から出てきたみたいな美人や。


「こんにちは、ご体験ありがとうございます♪」


「え、いや、その……」


「初めてのお化粧なんですね? 楽しみにしててください。今はナチュラル系が人気なので、ふんわり仕上げていきますね」


つむぎが笑いをこらえながら、後ろで小さくガッツポーズを決めてる。


「では、始めますね。まずはスキンケアで整えて……はい、目閉じてくださーい」


冷たいローションが肌にあたる。


「うわっ……」


「ふふっ、びっくりしました? でもすぐ慣れますよ。お肌きれいだから、ベースは薄くて大丈夫そうですね」


次に、ふわっと香る下地が、指先で優しく広げられていく。

ブラシで軽くパウダーを乗せられたとき、オレはなぜか──くすぐったいのと、恥ずかしいのとで、心拍数が上がるのを感じていた。


「お兄、意外と肌キレイやん。女の子でもここまで整ってる子なかなかおらんで」


「……からかうな」


「ほんとのことやもん。ほら、リップも塗ってもらい」


「んむっ……」


唇に柔らかく当たるチップ。

軽くツヤをのせただけのはずやのに、ぐっと雰囲気が変わるのが分かった。


店員さんはにっこり笑って言った。


「はい、できました。ナチュラル系でまとめてますから、まるで“もとから美人”風ですよ♪」


「え……オレが……?」


鏡の中にいたのは、化粧の力でほんのり色づいた、どこにでもいそうな、でもちょっと気になる女の子の顔。


オレは、なぜかその顔から目が離せんかった。


「ええやん。これで明日から外歩いても大丈夫やな。な、モデルデビューする?」


「せえへん!」


つむぎがケタケタ笑う声を背中に受けながら、オレはそっと鏡に手を伸ばした。


たしかに──

今のオレの姿は、“男だった頃のオレ”とは、まるで違う何かになっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ