■第15章:オレ、パスワードを探る
朝食を終えたオレは、手早く食器を洗って片づけた。
ノートパソコンをテーブルの上に持ってきて、昨日の続きを始める。
画面には、ありふれたアイコンが並んでいた。
ごみ箱や「PC」などのシステムアイコン、WordやExcelなどのOffice系ソフト、
Microsoft EdgeやGoogle Chromeといったブラウザ。そしてメール用のOutlook。
「個人用」と書かれたフォルダがひとつ。
フォルダを開くと、中には「私の勇者さま.jpg」という画像ファイルと、「pass.txt」というテキストファイルが入っていた。
オレは、まず「私の勇者さま.jpg」をダブルクリックした。
そこには、秋葉原の街をバックに、こちらに背を向けた青年の姿が写っていた。
続いて、「pass.txt」を開いてみた。
<AQUATIS REMNANT>
アカウント:わたし_わたしの好きなキャラ
パスワード:わたし_わたしの趣味
<Outlook>
ヒント:かつて大地が大きく揺れた日、山の一部が崩れ落ちて生まれた、ひょうたんの形をした湖
おそらくこれは、アカウント情報やパスワードのヒントを書き留めたものだ。
メモ書き形式にしておけば、忘れたときでも思い出しやすいし、ヒント式にしておけば、見られても悪用されにくい。
パスワードを複数使い分けてる人には、こういう工夫はよくあることや。
<AQUATIS REMNANT>は、おそらくオンラインゲーム用のアカウント。
<Outlook>は、メールソフト「Outlook」のログイン情報だろう。
Outlookにパスワードをかけてる人はあまりおらんけど、このパソコンの元の持ち主──“彼女”には、他人に見られたくないメールでも入ってたんやろか。
ふと時計を見ると、もう11時近い。
やばい! 今日も出勤できないことを、あの鬼上司に連絡しないと……。
オレは一気に気分が落ち込んだ。
そらそうや。身体はすっかり女の子のまんまやし、今さら「風邪ひきました」なんて言えへん。
しかも、オレのスマホから電話したら、声でバレる恐れもある。
仕方なく、今日もつむぎに会社への連絡を頼むことにした。
昨日はオレのスマホを渡して、登録済みの番号からかけてもらったけど、今日はもうその手は使えない。
つむぎのスマホからかけるしかない──でも、それはそれで不自然や。
オレが妹のフリをして、「兄の体調がまだ戻らなくて……」と電話することも考えたけど、
あの上司のことや、絶対こう言う。
「本人から電話させんかい!」ってな。
しゃあない。
上司の番号をLINEで送り、嫌がる妹を拝み倒して、電話を託した。
──後でつむぎから聞いた話はこうや。
「実はまだ体調がもどらなくって……ごほっ、ごほっ。でも、妹が泊まり込みで看病してくれてるんで、大丈夫です」
「……ん? おまえ、電話番号変わったか?」
「あっ、いえ……スマホの調子が悪いんで、妹のスマホからかけてて……」
「そうか……妹さんが一緒なんやな。ちょっと話させてくれるか?」
──完全に疑ってるモードやったらしい。
「いえっ、本当に大丈夫ですっ。妹は恥ずかしがり屋なんで、電話には出たくないって……じゃ、切りますね、ごほっごほっ」
上司から折り返しの電話があったけど、もちろん出なかったらしい。
──つむぎ、ほんまありがとうな。