■第11章:お買い物から帰って
オレたちは、再び横浜線の電車に乗ってアパートへと戻った。
帰り道は、もうそんなに人目も気にならなくなっていた。慣れってすごい。
夕暮れの街を歩く二人連れ。年頃の姉妹といった感じに見えるかもしれん。
誰も、オレが「男だった人間」だなんて気づくはずもない。
玄関のドアを閉めると、静寂が押し寄せた。
街のざわめきも、男たちの視線も、スカートの裾を気にする必要も──
全部、いったん終わった気がした。
「ふぅ……」
オレは軽く息を吐き、買い物袋を玄関先に置く。
つむぎはスニーカーを脱いで、そのまま台所へ歩いていった。
時計を見ると、20時を過ぎていた。
NYAONを出て立ち寄った“焼きたてクロッフルカフェ”が、思った以上に混んでいて、
つむぎと一時間近くも並んでしまったせいだ。
つむぎは当然のように冷蔵庫を開け、麦茶のペットボトルを取り出して、そのままゴクッ。
──ペットボトルに口つけるんかい、ってツッコミたくなったけど、まぁ今さらやな。
こいつ、もう何回この部屋来てるか分からんし、最初から自分の家みたいな扱いやしな。
「つむぎ、今日は泊まっていくか?」
「無理無理。ベッドひとつしかないし、明日うち朝から洋菓子実習やねん」
「あー……そっか。忙しいな」
「ほな、短期集中サポートはここまでな」
「感謝してます、つむぎさま」
つむぎ曰く、女の子のレベルは経験値で上がるもんらしい。
今のオレには、その“経験値”がまるで足りてない。
「ええよ、お兄。今まではうちが、お兄に助けてもらってばっかりやったから。
今度は、うちがお兄を助ける番やし。困ったときは遠慮なく連絡してきてな」
オレは苦笑しながら言った。
「たぶん……いや、絶対すると思う。マジでそのときは頼むわ」
「じゃあ、うちそろそろ帰るわ」
オレとつむぎの家──実家は光が丘団地ってとこで、相模原駅からバスで15分くらいの距離にある。
「今日はほんま、ありがとな。……お前、思ってたより女子力高かったんやな」
オレが笑いながらそう言うと、
「うっさいわ! お兄は女子力マイナスやしっ! 女の子があぐらかいてたらアカンで!」
と、捨て台詞を残して出ていった。
オレは慌てて後を追い、アパートの1階へ降りて行った。
別れ際、「いろいろありがとうな」
オレがもう一度そう言うと、つむぎは少し照れたように、
「べ、別に、お兄が困ってたからやで。お兄やから……やけどな」
なんか、最後のほうの語尾が小さくなっていた気がする。
つむぎの後ろ姿が見えなくなるまで見送ったオレは、アパートの階段を登って部屋に戻った。
──玄関が静かに閉まる。
ドアのカギをかけて、オレは「ふぅ~……」とため息をついた。
……ほんま、今日はどないな日やったんや。
わけも分からんまま、つむぎ呼び出して、部長に電話して、パソコンのパスワード調べて、
あげく、女物の服と下着買いに出て、化粧までしてカフェでクロッフル食って──
「あかん、思い出すだけで頭クラクラするわ……」
もう、脳みそも体力も使い果たした感じや。
何ひとつ、いつもの日常やなかった。
この一日で、下手したら人生の数年分のイベント詰め込んだんちゃうか。
パソコンの謎について、もっと調べたい気持ちはあるものの、
オレのHPは、もうほとんど残ってないようだ。
女の子の身体で、そのまま寝るのは、なんや不安やった。
できることなら、シャワーくらいは浴びておきたい。
とはいえ、体はもうクタクタや。
それでもオレは、気力をふりしぼってバスルームへと向かった──
オレは、鏡に映る自分の姿を思い浮かべながら、ゆっくりとバスルームの扉に手をかけた。