■第10章:オレは注目を浴びる
婦人服、ブラ、ショーツ、化粧品──
今日だけで女性限定ダンジョンの最深部、ラスボスまで撃破したような疲労感。
NYAONの出口付近、柱の影にあるベンチに腰を下ろして、オレは小さく息をついた。
手元のショッピングバッグをちょっと除けて、つむぎに「もういらんで」と言われて外したキャップを、くるくる丸めてカバンの中へしまい込む。
「……つかれた……」
「ふふっ、がんばったやん。女の子って大変でしょ?」
つむぎは得意げに笑っている。
──ほんまや。
今日は服も下着も化粧も、フルセット。
「女の子」として街を歩くなんて、人生で初めてや。
見た目だけなら完全に“別人”やな、オレ。
時計を見ると、もう午後5時前。
「……うそやろ。昼メシのつもりで出てきたのに、気づいたら夕方て……」
「まぁ、今日は濃かったからねぇ」
「腹減ったわ。つむぎ、おまえもやろ?」
「うん、だいぶ前からお腹鳴ってた(笑)」
「ほな、昼夜いっしょやけど、なんか食いに行こ。今日いろいろ付き合わせたし、奢ったる」
「えっ、ほんま? じゃあうち、行きたいとこあるで!」
「どこや?」
「この前オープンした“焼きたてクロッフルカフェ”! バズってて、女子に人気なんよ。チョコとか抹茶とか、サクサクのクロッフルにアイスのせてくれるの!」
「……クロッフルってなんや……クロワッサンの親戚か?」
「ワッフルとクロワッサンの子どもや(笑)めっちゃ映えるし、味も抜群らしいで!」
「はいはい。今日のMVPはおまえやし、付き合うたるわ」
「やったーっ! じゃあ、あの信号渡ったとこの角やで、ついてきて!」
そう言って、つむぎが嬉しそうに歩き出す。
──そのときや。
オレは、なんとなくまわりの男たちの視線が自分に集まってるのを感じた。
スカートの裾を気にしながら歩くたびに、横目でこちらを見てくる男たち。
少し離れたところにいた男子高校生の一人が、なにやらニヤけながら友達に何かを耳打ちしている。
「……」
キャップのつばを下げようとして──そこで気づく。
──そういや、もう被ってへんのやった。
今日は買ったばかりのスカート。つむぎにコーディネートされたブラウスに、軽くまとめた髪。
そして薄く化粧された顔。
──完全に、“女の子”や。
「……なんやこれ」
ゾワッとした感覚と、なんとも言えないむずがゆさ。
けど同時に、見られていることへの不思議な実感が身体に残った。
「お兄、足止まってるで。疲れたん?」
「いや……ちょっと考えごと」
「今日のコーデ、似合ってるで。そりゃ男の子も見てくるわな」
「おまえなぁ……」
つむぎはそんなオレの気持ちを見透かしたようにクスクス笑って、
「はよ行こや、クロッフル冷めるで」と、先を歩いていった。
オレは苦笑しながら立ち上がって、
軽くスカートのすそを押さえて──
人混みのなかへ、もう一度足を踏み出した。