厄介
三題噺もどき―ろっぴゃくよんじゅうはち。
遠くへと沈みゆく太陽を眺める。
その姿こそ見えないが、いなくとも存在感だけは感じられる。
気づきたくなくても気づいてしまう。
「……」
全てをその身の色で染め上げようとしているよう。
広げた白地図を真っ赤に染めてやろうとしているよう。
目的地も何もかも分からなくして自らだけを見ろと言っているよう。
「……」
燃え盛る炎は、消えることなく揺らめき。
太陽というモノがいかに巨大で、捨てがたいものか。
なくてはならないものなのかを、教え込もうとしている。
「……」
吸血鬼という身ゆえに、太陽とは確かに相性はよくない。
しかし、かの太陽の作り出すこの景色だけは好みではあるのだ。
だからこうして、まだ沈みきる前の世界を、ベランダから眺めている。
「……」
真っ赤に染まる町。
ありきたりでつまらないが、血のような色だと、そう思ってしまう。
別段、吸血鬼だから血が好きだとか言うそういうタイプではないのだけど。……むしろあまり口にはしない。普通に食事をした方が体にもいいからな。
それでも抗えぬ本能というのはどこかにはあるので。……それゆえに、この景色が好きというわけでもない……と言いたい。
「……」
口にくわえた煙草から、細く煙が立ち上る。
嗅ぎ慣れた独特な臭いが周囲を満たし、気分を落ち着かせていく。
肌寒い風が通り過ぎ、自分が薄手の格好でベランダに出ていたことに今更気づく。
また怒られるかもしれないが、まぁどうせまた鍵を閉めているのだろう。
「……」
眼下に広がる道路には、制服ではない、少年らしい格好をした子供たちが駆けていく。
そういえば、春休みとやらを迎えたのか。もうそんな時期なのか……。
彼らはどんな別れを迎えて、これからどんな出会いをするのだろう。
「……」
その中に1人、静かに歩く少女がいた。
回りをかける子供たちとは明らかに雰囲気の違う……どこか寂しげな空気を纏った少女。
影になっているので表情こそはっきりと見ようとは思わないが、いかにも何かがありましたと言う感じだ。
「……」
腰の上にまで伸びた髪を、おろしたまま。
ふわふわとした可愛らしいスカートを、風に揺らしたまま。
雰囲気さえ違えば、デートにでも行きそうな可愛げのある服装だ。
―そんな恰好で、手に何かを抱えて歩いている。
「……」
よく見ればそれは、花束だった。
花の旬的なものは正直よくわからないが、あれは時季外れじゃなかろうか。
新聞紙のような紙に包まれたその花は、真っ白な百合だった。
大きな花びらを風に揺られ、少女に抱えられ、どこかへと運ばれていく。
「……」
少女の向かう方に、私は覚えがあった。
足の先には、行き慣れた……という程行かないようにしているが……この辺の住民が管理をしているのだろう墓地だ。
先日もいったから覚えている。
「……」
あの年で親でも亡くしたのだろうか。それとも祖父母や兄弟か。
そのあたりは分からないが、それゆえにあの悲しみなのだろうか。
それにしては……どこか、悲しみだけではないなにかがあったようにも思えたが。
まぁ、そこは。触れない方がいいのだろう。
へたなことに首を突っ込むのはよろしくないのだ。あまりそれをすると、変に巻き込まれるし、巻き込んでしまいかねない。
「……ふぅ」
少女の姿が見えなくなり、太陽が完全に沈んでいき。
反対側からは静かな夜が潜み始めていた。
私も煙草が尽き始めたことに気づき、灰皿で火をもみ消す。
「……」
ガチャン―と、案の定鍵のかけられていたリビングへの窓を眺めながら。
今日は散歩がてらまたあの墓場に行こうと思っていたが、やめておこうと決めた。
面倒ごとになっては厄介だからな。
「早くシャワー浴びてきてください」
「……何でそんなに嫌いなんだ」
「部屋に匂いがつくからですよ」
「……そうかそうか」
お題:白地図・スカート・百合




