体育祭に策略家
夏休みが終わりアタシ達は再びもとの生活に戻った。今は慧十が経営しているNight-Knightへ行くことがさらに増えたし、アタシは周りの客や店員からも既に常連扱いになっていて出入りしている小店の数もかなり増えた。だけど、相変わらず本名は明かさず偽名で通っている。それに慧十のはからいでアタシはNight-Knightの従業員の制服をデザインしたり服飾関連の仕事をまわしてもらってそれなりに稼げるようになった。そんな中でアタシには来て欲しくないけど毎年来てくれる行事が今年もやって来た。
「体育祭かぁ。嫌だなぁ……」
「そんなこと言わないでよぉ。私が唯一輝ける日を……私は運動しかできないんだからあって欲しいなぁ」
「無駄話はしない。泳も起きろ! お前ら夏休み明けのテストが赤紙ギリギリだったんだからな? 自覚しとけよ?」
「誰のせいだと思ってんのよ。全く」
「何か言ったか?」
「いえいえ! 何でも~!」
夏休み明けにテストを行い結果を見るとみな悲しいまでの結果が帰ってきた。一番勉強していないはずの慧十は堂々の学年一位をとっているのが腹立たしい。……が認めざるを得ないのだ。アタシは精神的にまいっていたがなぜ竹華や泳まで? そこは触れてくれるな……武士の情けだ……などと竹華に言われたが……何なのだろう? アタシには解らないことだけれど二人には何かがあるのだろうな。
「慧十……。ここどうやって解くんだ?」
「ここはこの公式を使ってここをこう代入すると……こうなるから。そうそう……そうなるんだ」
泳に教えている慧十を眺めていると竹華がアタシを小突いて話かけてきた。竹華は基本的に慧十に叱られることに耐性がある。なんせ赤紙と呼ばれる私たちの通う学園の追試呼び出し状にリーチもかかった人物だ。それなりに問題児なのだろう。慧十はそれなのだが……アタシに頼まれて面倒見よく彼女を見てくれている。
「そう言えばそっちの進展はあったの?」
「何の?」
「慧十君とのことだよぉ。決まってるじゃん」
「何もないよ。慧十は相変わらず受け身だしアタシは今は模索中心だから進展はなし」
「じゃぁ、お姉さんの手紙は?」
すぐに慧十が竹華に注意を入れたが泳の質問攻めに合いそちらに向き直った。魚街はおそらくこのように竹華がアタシに質問できるようにために溜めていたのだろう。二人は息もぴったりでとてもラブラブなカップルだ。キューピッドというか取り持ちをしたアタシからするとほほえましい限りだが正直羨ましい。身近にそんなに愛し合える人がりうのだなぁ……と最近は思ってしまう。
「そっちも行き止まりだよ。かなり絞りこんだけど流石に五十人から絞るのは無理があるかな?」
「協力しようか?」
意地悪そうな笑みを浮かべ竹華がアタシの顔を見てきた。竹華はなぜか慧十とアタシが付き合うほうが都合が良さそうだがアタシは出されている姉のヒントを潰さない事には納得が行かない。
「三人とも休憩にしよう……。集中力のかけらも無いみたいだしな」
「ふぅ! やっと終わりかぁ!」
「間違えるな……泳。終わりという訳ではないからな。あとお前はこのあとシフトが入ってただろ? 松さんと交代して来いよ」
そう言えば竹華のお兄さんの笹瀬 松さんはアタシの姉、成果と結婚しておりアタシと竹華は血のつながりのない姉妹のような関係なのだ。慧十がお菓子や飲み物を用意しにキッチンに向かった時にアタシは竹華に幼稚園の時の名簿を渡した。男女合わせて百人弱、ここから絞り込むのはかなり難しい。本人に会うことはまず出来ないから絞り込む方法が無いのだ。
「ねぇ……聖さぁ一番今近くにいる人を忘れてない? もしかしたらさ……あの策士慧十君だから実は幼なじみかもしれないよ? 彼はよくわからない所が多いし……前から気になってたんだけどなんであんなに慧十君は聖のことをよく知ってるのかねぇ?」
「は? 慧十がアタシのこと知ってるなら。それならすぐに……。あ……。確かに無いことはないか。だけど名前の中に緋皇なんてなかったよ」
「じゃあさぁ……名前が変わってるとか?」
「どういうこと?」
「聖、名簿をよく見てないでしょ! こことここに『慧十』って名前の男の子が居るでしょ?」
「ホントだ……。『東雲 慧十』と『荻原 慧十』か……どっちかが慧十っていういう可能性もあるかもしれない訳ね。」
「まぁ、違うかもしれないけどね……名前のバリエーションは無限だし」
「でもさ。どうやって確かめるの?」
「直接聞いてみたら?」
「慧十がそんなに簡単に自分のことしゃべってくれたことあったの?」
そう、竹華は情報通で調べたいと思った情報はこれまでは全て手に入れてきたらしい……。が、慧十の素性はわからないといつもぼやいている。ネットやお得意のハッ〇ー自慢、情報通信で仕入れたネタも胡散臭さいため信憑性にかけるらしく、未だ有力な情報はないようだ。あるとすれば美雪のもつ真実のみだが彼女の情報は彼女が慧十を嫌っているので聞こうにも聞けない。
「一番の謎か。私たちはともかく何で聖にまで秘密にするのかしらねぇ」
「さぁ。何か後ろめたいこととか企みが有るんじゃない?」
「もしかしたらさ。雲英ちゃんに聞けば……」
「それもダメだったよ。アタシが聞いたことがあったけど結果的には聞き出せなかったし少しもそんな情報を漏らさないから全く意味がなかったの」
「兄妹揃って策士で抜け目ない怪盗みたいな奴らか。また面倒くさいね。あとの手がかりは聖の遠い記憶かなぁ」
「どういうこと? それ……」
「当事者の一人だって自覚ある?」
そのあとの丸一日中、テストの復習課題をやらせられ慧十のお小言をくぐり抜けアタシ達はみなストレス解消のためにNight-Knightでレジャールームを使用し騒いだ。ボーリング、ダーツ、トランプ、ビリヤード、バスケットほかいろいろ。慧十は終始携帯電話で誰かと連絡をしていた。そういえばアタシ達はあることを忘れていた。体育祭のことを。
………………………
数日後
………………………
「聖、明日から少し俺に時間をくれないか? 体育祭のことに関して話がある」
「え……。別に構わないけど」
その日の放課後、Night-Knightにアタシと慧十以外にも数人集まった。メンバーはいつものメンバーに新たな二人が加わった。
「よう! 今日は俺も客扱いでいいんだよな? 慧十」
「聖ぃ! 待った?」
「あぁ、今日は客扱いでいい。あとは二人がくれば問題無いが……片方に不安が残る……」
「緋皇か。招待感謝するぞ」
「ふん! 何でアンタなんかに招待されなければならないのよ! 緋皇 慧十め」
「俺の店じゃ不満か? なんなら先輩に秘密を暴露……」
「やめーーーーーー!」
これでメンバーが揃った。そして、ただ一人この六人の中で二年生の小森 息吹が体育祭について説明してくれた。
「ふむ。やはり個室と粗茶が落ち着くな……。では説明しようか、体育祭については一年のオリエンテーションと同じように内容は毎年変わる。そこでそこの竹華嬢に依頼し諜報網を張ったところ」
「そ、情報収集は任せて! 今年は人数不特定の生き残り戦らしいね。だけど武器なんかは今の時点ではどうなるかはわからないらしいよ」
「と……言うことだ。で、我らはこの六人で参加するつもりだ。問題は泳と竹華嬢の配置と配置などがある。だが、我らが軍師が最良の策を練ってくれた様だから聞いてみようかのぅ」
「わかりました。まずは俺……。息吹さんから説明があったように軍師とオペレーターを担当する。次に聖、大将と弓を使った遠距離射撃が担当。息吹さんと大林は突撃兼撹乱を担当してもらう。最後に泳には装甲迎撃担当だ。ちなみに竹華さんはそのまま観諜を担当してもらう、あとは個々に書類にして配布するから見ておいてくれると軍師としては楽になるから助かる」
的確な割り振りが行われ慧十が個々に厚さに違いがある薄めの書類の束をアタシ達に配ってくれた。その後はみな解散し家に帰るはずの息吹と美雪、仕事に戻るために竹華を連れて行く泳、泳にエスコートされ遊びに行く別竹華、皆別々に行動を始めた。がここに……。
「聖……もしかして、まだあの変人に興味あるの?」
「慧十のこと?」
「決まってるじゃない!」
「なんで慧十のことそんなに嫌うの?」
「嫌に決まってるじゃない!人の弱みを握って見返りを求めるなんて!だってアイツ自分の素性を隠すために……」
「ために?」
「私の秘密を……」
「秘密を?」
「もしかして息吹先輩のこと?」
「ひ、聖……どこでそれを……まさか緋皇が!」
「見てればわかるよ」
「『相手の好意に一番気付いてない人にいわれた……』」
何やらうなだれているこの大林 美雪は実はブラコン気質が強いお兄ちゃんっ子のようだ。しかし、一人っ子のため兄や弟などはいない。それの影響で近所に住んでいて兄の様にしたっている息吹に好意を持つのは当然と言えば当然だと思う?アタシはあまり気が進まないが当人達がいいならいいと思うことにした。
「まぁね。アタシは絶対に口外しないし二人だけの秘密にしとくからさ、落ち着きなよ」
「本当か? 小指にかけるか?」
「はい、はい。二人とも危ない話はそこまでにして今日は帰りましょうかね」
「え、なんで?」
「とりあえず、聖と大林、俺以外のメンバーはとっくに帰っていることと入口で息吹さんが待ってるからだ」
「うん。じゃぁバイバイ!」
「うん! それから緋皇 慧十! 聖に手ぇ出すなよ!」
「はぃ、はぃ……」
一年の生活も既に折り返しにかかっている。少し寂しい気もするが月日が経つのは早い、これは楽しい証拠なのだろうか。授業の時間は相変わらずかなり遅く感じるが……。それに釣り合わない休み時間の短さにいらつきを覚えながら学校生活を送るアタシだった。
「遂に来たかぁ……。この日が『体育祭』……。なんとも言えない脱力感が来るし気は進まないなぁ……それにしても竹華は元気だねぇ」
「確かにな。でも、彼女にとって最大限輝ける日なんだから今日くらいはいいんじゃないか?」
「誰もダメだなんて言ってないよぉ。アタシが苦手なだけだからさ」
アタシ達六人は今回のチーム分けでは最小のチームだ。最大はかなりの大所帯になったらしく数は知れない。ただ、一年から三年まで合わせて千二百人弱で小さな軍隊並の数がある全校生徒が割り振られているため相当数になっているだろう。
「流石にこれだけ数が違うとすぐにやられちまうんじゃないか? 百人と一人だぜ?」
「だから俺が居るのさ。それに武器の数は圧倒的にこちらが上だしな」
慧十が生徒会という立場を利用して学校に出した条件はこれ、『武器の対比制』。これは人が多くなればなるほど武器の配給が人数ギリギリになり少なければ少ないほど武器の数を増やし指定した武器を配給してもらえるという制度だ。それに加えバイクの使用許可を押し、引き、宥め、透かし、無理やり認めさせた。
「泳! 一当てやりに行きたくないか?これだけ上玉がそろってるとよぉ、ブッぱなしたいよな?」
「おう! 俺も行きたくてウズウズしてたよ」
「なら俺も混ぜてくれないか? そろそろお前の器量を見てみたいしな」
「いいですねぇ。では作戦に組み込みます」
アタシ達女子三人に慧十から連絡が入った。因みに通信機は我が清名グループの新作で慧十に頼まれたため父親に許可を求めたところ『緋皇君に使い心地などのモニターをしてもらうから喜んで貸そう。レポートにまとめて渡してくれ』とのことだった。
「女子三人は屋上で待機してくれ。大林、笹瀬の両人は聖の警護だ……頼むぞ」
「了解!」
「聖のためなら仕方ないわね」
慧十達は校舎内にいる敵を殲滅しに行ったらしい。学校が支給してくれた武器は大きく分けて三種類。エアガン、スポンジ武器、回避用花火。用途は簡潔で、しかも上手く使えば戦闘に困ることのない兵器の数々だ。そして、その場退場になるルールはたったの二つだけしかも簡単。手首に付けているバンドにあるビーダマだいの大きさの球を奪われること。大将が奪われるとそのチームが失格となりその場退場となる。もう一つは指定された武器や乗り物以外は使ってはいけないこと。これだけだが過酷なことにはかわりない。
「俺と泳で左右を固めます。息吹さんは道の中央を無理矢理突破してください」
「了解した。俺が突き入りその隙に敵を倒すのだな?」
「その通りです。では頼みます!」
そのころのアタシ達女子軍はというと。
「そういえば慧十君と美雪ッチって幼なじみだったよね?」
「あぁ、親が知り合いの腐れ縁だ。保育園と中学が一時期同じだったからよく覚えてるよ。あのデリカシーのない馬鹿のことは!」
「私がその嫌ってる理由を当ててあげようか?」
「ほぉ……。お竹がねぇ……。当ててみな!」
「好きな人を当てられパシりにされたかそれをネタになんかを要求された。あ、あとさぁ。クラスの連中に暴露したとか」
「もう。ありったけ言ったよね? それさ……一つじゃないから。って美雪?」
「全てあたりだ……。あの緋皇はアタシを辱めたんだ! 挙げ句の果てに詫びることもせずに姿を二度も消したんだぞ!」
「殆ど自業自得な気がするけど……気のせい?」
美雪や竹華と慧十の昔話をしていた。その時、アタシの記憶に一つだけ浮き上がった奥底に封印していたような悲しい記憶。小学生の時に誰かが引っ越して行ったようだ。思い出したのは『アルバム』の一言だった。
再び慧十達。
「快勝だったな! 慧十!」
「序の口さ。これから外の大軍団を全滅させるつもりだからな」
「それでこそ我らが軍師だ。で、どうするつもりなのだ?」
慧十は二人と帰ってくるなり作戦実行を告げた。作戦はいたって簡単だが一回のミスも許さないかなり危険なものだ。
「本当に突拍子もないことを考える……。俺達がやられるかもしれないリスクまで考えているとは」
「ま、緒戦は相手が馬鹿だから通じる手でしょうね。息吹兄はどっちから行きたい? 右側? 左側?」
「今更だが高校生になってまでその呼び方か……」
「嫌だったの?」
「嫌ではないから好きにしろ」
「ヤリィ! 息吹兄大好き!」
慧十の作戦は簡単で小学生でもおもいつくような作戦だ。まずは囮の二人が敵の大隊に突っ込み注意を引き大将や敵の策士の注意を後方からそらさせることが重要になってくる。次に慧十と泳がバイクで乗り込み、囮の二人を回収して敵の中心を引っ掻き回すのだ。その間に奇襲を仕掛け大将のバンドからボールを奪い逃げる算段になっている。
「こちら竹華。スタンバイ」
「こちら聖、スタンバイ」
「突撃小隊、両人ともスタンバイ!」
「了解! ミッションオペレーションコンプリート。副策は本部より個々に通達する。皆、健闘を祈る!」
「了解!」
美雪と息吹が行動を開始したと同時にいきなりの予想外の襲撃に合い慧十に通信が入った。
「こちら突撃小隊。目数不明の大隊が接近! 敵が多すぎる! スポーツ選抜のメンバーが多数確認できる」
「現状は把握した。今から俺がそいつらの注意を引きながら進撃してくる敵の大将を撃破する。それまで保たせろ」
続いてアタシ達にも通信が入った。
「こちら本部。隠密小隊、聞こえるか? 作戦を少し変更する! 竹華は敵の右舷に刺撃を仕掛けろ。ある程度削ったら退避して隠れていろ。聖は竹華のサポートだ」
「了解。奥様は私が守っておくからさ!」
「…………」
慧十がバイクでもう一つの大軍団の後ろに回り奇襲を仕掛けた。その間に泳が正面突破を試みる。アタシ達は慧十の指示通りに動き敵の衛兵を削っていく。校庭のど真ん中で向かってくる敵を次々に返り討ちにしている息吹と美雪。その後……。
「何でバイクが!? ギャァァァァァァ! 来るなぁ!」
泳が前方の敵を退かせ慧十が大将の陣の後ろからジャンプして大将の陣に飛び込んだ。次にスポセン中心の大軍団の大将の目前でドリフトしひるんだ瞬間にボールを奪った。
「玉は頂戴した!」
「まじかよ。アイツ……本当にやりやがった」
「泳! 急げ!」
「お…おう!」
慧十達が敵の大軍団の真ん中を突っ切って未だ終わらない熾烈な戦闘の最中を突き進む。バイクは少し改造を加えてありかなり攻撃的な作りになっているため敵は攻撃すらしてこない。横にガトリング砲を装備しているためそれを利用し前方の敵を銃撃していく。
「大林! こっちだ!」
「息吹先輩!」
二人の運動能力はかなり高い。慧十がスピードを緩め横付けすると美雪はするりと乗りすぐに発車した。そのすぐ後ろを泳と息吹が追う。そして受け取った武器でボールを狙い次々に敵を倒す。敵もバルカン砲やマシンガン、各々の持つ武器を使いバイクを狙って攻撃してくるがプロではないためタイミングを外し味方を撃っている。
「慧十? まだ?」
「竹華さんが準備出来ているなら直ぐに実行してくれ。ただ、無理をしないでくれよ。全員生き残って勝つことに意味があるんだ。頼んだぞ」
「うん。了解しました!」
ここで更に慧十が予定を変更し泳と息吹は敵を引きつけ本人達は敵の本隊を目指し突き進む。アタシと竹華はかなり苦戦してはいたが慧十が注意を引きつけてくれたためなんとかボールを奪うことに成功しクリアした。
「とったぁ!」
「竹華! 逃げるよ!」
「うん!」
その時、あまりよろしくない状況にみまわれたアタシ達。アタシ達よりも規模は大きいが小型精鋭タイプのチームに囲まれ奇襲を受けている。回避出来る状態ではないしはっきり言えば絶体絶命の状況だった。
「やっぱりハイエナが一番いいかもな。作戦としてはよ」
「くそっ!」
そこに……。
「ホァリャァァァァタタタタァァァァァ!!」
聞き取りづらい独特な声を張り上げ敵を薙ぎ倒したのは美雪だ。次に慧十が薙刀を構えて殴りつけ始め、敵は自分達が奇襲をしているところに奇襲を受けて完全に度肝を抜かれている。
「覚悟は出来てるよな?」
「フフン! 私にかてるかしら?」
慧十と美雪の加勢で完全に敵を打ちのめし快勝を記した。屋上に戻り竹華と泳、他のメンバーで話しをして過ごし競技時間が終わった。多少の襲撃はあったものの軍師に格上げされた慧十の作戦で見事に返り討ちにし全員無事に乗り切ることができた。
「終わったねぇ……。体育祭?」
「戦争だったな。見ろよ手足にペイントボールの色がついてるぞ」
「また、厄介なことだ……」
エアガンの弾として発射されていたのはペイントボールだ。体に当たって破裂すると色が付く仕組みで服に付いたりすると落とすのはかなり大変だろう。アタシはクリーニングに出すと決め込んでいたから気にしてはいない。
「泳! 帰ろー」
「あぁ、先に帰るな……って慧十は?」
「バルカン砲を外してた。すぐ来ると思うよ」
タイミングよくバイクで慧十が現れ直ぐに学校の敷地を抜けて公道を走り抜けていく。バイクで帰っている間にアタシは竹華の言っていたことを考え決心した。マンションに着きバイクを降りて階段を上がりながら聞いてみた。
「ねぇ……。慧十。そろそろアタシには慧十の正体を教えてくれてもよくないかな?」
慧十はいつもと違う少し強い明るさを含んだ微笑みを浮かべながら階段を上って行く。それついて行くようにアタシはすぐ後ろを登る。そのあと慧十は鍵で戸を開けすぐに中に入った時に……。
「キャッ!」
「早く入って……」
慧十は戸をすぐに閉じてアタシに迫りながら流暢に英語をしゃべり始めた。
「Sorry.
ごめん……
I can't tell you my real.
俺の正体は明かせない
But I can give a hint.
だけど、ヒントは出せる
Listen carefully! it is last hint.
よく聞いて! これが最後のヒントだから
『I'm wating for you.
俺は待ってる
When you can catching up me.』
あなたが俺に追いつく事ができるときまで
I believe……. You can catching up me.
俺は信じてる……。あなたが俺に追いつけることを」
「慧十? 今……」
意地悪い微笑みに変わっている慧十は扉にアタシの片手を押さえつけ口を塞いだ。混乱したままのアタシに呼吸を整える間も与えずに二回目のキスをした。
「ん…………ハァ…ハァ……」
「英語訳を出来ればそのまま答えになるよ。頑張って解いてくれ」
そのまま、奥にある居間に向かい更にその部屋の奥にあるキッチンに入っていく。アタシはその場に座り込み少しの間放心していた。だが克明に記憶に残った例の文章が頭の中で響きすぐにアタシを現実に引き戻した。それでも足は小刻みに震え言うことを聞かない。
「バカ……。何でこんなふうにしといて中途半端に止めてくのよ」
その後なんとか立ち上がり壁伝いに覚束ない足取りでソファに座り深く寝ついてしまったようだ。
「うーん……。今は……十時か……。十時!?」
「そういうこと六時に家に帰って来てその後は記憶の濃いあたりを経由して、ソファに座ったあたりまでは記憶があるのかな?」
「慧十! 何で起こして……」
「早く飯食って寝ようぜ。明日は祝日だって言っても聖にはやることがあるしな」
「………………」
その日はすぐに終わった気がした。疲れもあったが緊張に満ちた一日だった気がする。
「なんであんなに意地悪なのかねぇ」
「そりゃぁ策士……もとい、軍師だから先の先まで見据えてムード満点のゴールを迎えたいんじゃないの?」
「あのねぇ……」
「で? 慧十君の暗号は?」
「いや、英語だからなんとか頑張ってみるよ」
「そう。頑張りなよ」
最終的には慧十に流されっぱなしの一ヶ月になった。でも、英語とはいえ始めて慧十からのヒントが来たのだ。最初で最後ではあるがアタシは満足した。そして、自分の英語のできなさには…………。もう考えたくもない。一応、少しずつ進む解読はまだ一ヶ月はかかりそうだ……。話は変わるが最近、慧十の顔色が悪い。どうしたのだろうか、確かに最近慧十は多忙な毎日を送っている。倒れたりしなければいいが……。