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夏休みに賭けを

 慧十が退院して数日後。アタシと慧十と魚街夫婦、つまり泳と竹華はアタシの家の別荘にいる。小さな離島が転々としているこの周辺は自然が豊かで夏休みなどに遊びに来るには持ってこいのレジャー施設だ。清名家の敷地は極めて広大らしい。アタシはいちいち気にしたことがないため来て観察してみると確かに広い。ここに来るのも数年ぶりだから慧十や二人と同様にアタシも感嘆の声が自然に出てしまう。


「すげーな。俺、初めてこういうところきたよ。綺麗な森と海に豪華な建物、うん……やっぱりすげーよ」

「アタシもあんまり気にしたことないから知らなかったけど確かに広いね。海に行けば釣りも出来るよ。アタシは釣ったことないしわかんないけど……。あと海は水上バイクと素潜り、海岸遊びくらいかな?森は昆虫採集、時期がずれるけど果物狩りかな?」

「俺ならレジャーの施設にしちまうだろうなここ。これだけ豪華だと言葉もでないよな」

「言葉が出ないと言ってる割には普通に出てるじゃん慧十君……」


 まずは一週間分の着替えと荷物類を建物に持っていった。使用人の皆さんは極力送り込まないように父親にお願いしてあるため、だいたいは自分達で物事を片付ける。慧十や泳は軽装備で薄手の服を持ってきていたためかなり軽い。一方、アタシ達女子軍は少し張り切りすぎていてかなり重い。そして、今はアタシよりも忍耐力という意味で弱々しい性格の竹華が音を上げた。


「泳!手伝って!」

「そう来ると思ってたよ。ほら、重い方貸せよ。持つから」


 慧十は無言でアタシの荷物を持ってくれていた。最近また身長が伸びたらしく慧十の背中が大きく見える。姉がくれたヒントの写真と紙のことについて考えながらアタシは慧十の右腕を見ていた。完治しても亀裂のようなものが残ってしまったらしい。そして歩くこと10分程で白い洋館にたどり着いた。綺麗なシンメトリーで広い玄関に大きなホール。二階にも数個部屋があり札がかかっていた。中央で二つに別れた階段の奥は上がって右が慧十とアタシの部屋、そして左が竹華と魚街の部屋、部屋の内装も綺麗だ。広い部屋に荷物を置き一階にある食堂に集まった一同。このあたりは開発というよりはそのままの自然の景観を大事にするあまりあまり観光客も来ない。私の父親がそうしているのだ。その代りに、上の街は漁業や旅館の街としてかなり栄えている。そんな地域だからできることはたくさんあるのだ。だから、四人で決める。方針はおそらく魚街夫婦が独占するだろうけど。


「何をしたいか投票!先ずは場所から決めよう!」


 竹華を筆頭に魚街、アタシ、慧十の順に言い始めた。


「海!」

「同じく!」

「アタシも」

「……どこでもいいぞ。楽しければ」


 賛成多数で海に行くことになった、というより最初にあれだけ綺麗な海を見せられれば行きたくなるのも当然だ。各々が部屋で着替えて日焼け対策で女子二人は上にTシャツや上着を着て外に出た。案の定だったが泳、竹華は競泳仕様の水着だ。慧十は普通のトランクスタイプの水着でアタシは……。


「ウワァォ!! 慧十君! 後ろ注目だよ!」


 ビキニだ……。竹華にハメられ正直者のアタシはまんまと策略にはまり……。この恥ずかしい水着を着る羽目になっている。竹華を怨むには怨んだがアタシは竹華に今は反論できないのだ。慧十の情報をいち早くキャッチしてくれたのは竹華だし、あともう少し遅れればアタシの大切な人はここにはいなかった。それが大きな理由。


『聖はさぁ~やっぱり慧十君が言うようにスタイル良いし顔も可愛いからさぁ~もっと大胆に行くべきなのよ! 宝の持ちぐされ。ってことで買いに行こう! 私が選んであげるからさ! 大胆に行こう!』

『ちょっと竹華!』

『やっぱりねぇ。羨ましいよ……。Eはあるよねぇ、絶対さぁ。こんなの隠しておくなんて勿体無いわよ』

『…………もう、どうにでもなって…………』


 かなり派手な……というより際どい黒のビキニを着る羽目になった。魚街は竹華に頬を引っ張るという攻撃をされていて見てはいないようだ。慧十は和やかな視線をずっとこちらに向けている。露骨に出ているアタシの反応が面白いらしく更にニコニコしている慧十。おそらく、スタイルや露出、見た目なんかより慧十の場合はアタシの反応を見ている方が楽しいのだろう。少しどころかかなり意地悪だがアタシは反論できないのだ。


「この変態! そんな舐めるように見ないでよ!」

「いや。恥ずかしがり方が可愛いからつい……」


 そんな会話をしながら歩いていくと既に白っぽい砂に変わっている地面のなかで傘を広げシートを敷き荷物を置いている使用人らしき人達が頭を下げて若い二人を残してその場から離れていった。設営にはさすがに人数が欲しい。だから、アタシ達の世話をしなくとも使用人を助ける使用人は多いと見た。これは仕方ないか。


「ねぇ! 慧十君は水上バイクの運転出来るの?」

「バイクと操作が同じならできると思うが……」

「だって! 聖! 行ってきなよ」

「へ?」

「いつもの要領で行って来なってことだよ! 私たちは泳いでるから」


 慧十はこの前、事故に巻き込まれたばかりなのに興味津々といった雰囲気で使用人が案内する方向に行ってしまった。そして、アタシと一番年齢の近い仲のよいメイドさんに背を押され結局は乗る羽目になった。彼女はアタシの近くでお世話をしてくれる親近感の強いメイドさんだ。


「お嬢様! せっかく緋皇さんが遊びに来られているんですよ? 行って来なくちゃ損ですよ! あんなに格好いい人が彼氏なんて羨ましいことこの上ないんですからね?」

「そりゃあ格好いいけどさ……ってなんで名前知ってるの? アタシまだ一回も名字は言ってな……」

「そりゃあ有名ですよ! 彼氏さんつまり緋皇さんは今、経済界で…………」

「お姉さん。その先は言わないでください。一応みんなには秘密にしてますから。お願いしますよ? 親父さんから聞いたみたいですけどね。そんな大層でもないですし」

「は、はぁい! わかりました!」


 それこそ目からハートが出そうな勢いの彼女をよそに、慧十はもう一人の使用人さんから説明を受けすぐに乗りこなしていた。スピード調整やブレーキなどの方法をすぐにマスターし船着き場に横付けしてアタシに話しかけててきた。彼の順応力はゴキブリ並だ。良くも悪くも彼はそれほどに頭の回転や思考能力においての収拾技能に長けている。だから……アタシはいつも彼に巻き取られてしまうのだ。


「慣れれば意外と簡単だ!」

「さ、お嬢様も乗ってください! 早く!」


 先ほどの若いメイドさんがアタシを急かし遂にライフジャケットを着て慧十の後ろにいつものように乗った。水着なのが少し落ち着かないが慣れればホントに楽? ではなかった……けして楽では。


「ちょっと! 慧十スピード上げすぎ! 落としてよ!」

「まだまだ上がるんだけどな!」


 そう言って更にスピードを上げる慧十の顔はいつになく楽しそうな表情をしていた。アタシも楽しいその顔を見ながら和むだけなら楽しいが……。


「キャー!」


 その頃、波間の辺りでその光景を見て和んでいる二人組。そこにさっきの若いメイドさん、名前は読みにくいですが可香菱 江利子さんが竹華達に話しかけた。


「あの二人楽しそうな顔してるわねぇ」

「あの……。お姉さんの名前は?」

「私? 私は江利子。清名家に奉公して二年のメイドのヒヨコちゃん。三年前に採用してもらって一年研修して今に至るってわけ」

「へぇ……。メイドさんって大変ですね。ここに居るってことは楼雅の卒業生ですか?」

「うん、だから御主人様にここへ行くように言われたの。親しみあるでしょ? 竹華さんは普通クラスね? で、泳君はスポセン?」

「いえ、俺は普通クラスの水泳部です」

「じゃあ部活は後輩か」


 そのような話をしながら慧十とアタシが左右に動くのに合わせて首を動かしていた三人。その後、慧十とアタシは船着き場に戻り砂浜に戻った。


「大丈夫かよ?」

「あんな運転されたら大丈夫な人はいないと思うけど……アタシは慣れてるからこの程度ですんでるんだからね?」

「でも、凄いよね。慧十君は。水上バイクにも乗れるんだ」

「え?アタシの言葉はスルー?」

「コイツは人間じゃないからな」


 魚街がカラカラと笑いながら慧十の昔について説明し始めた。慧十はかなり転校が多いらしい。魚街がいた中学では二年生の間にしかいなかったのだ。だが、その間の中間、期末、実力の三大テストで一位をただの一度も逃さなかったらしい。その上、魚街が一番速かったはずの水泳の短距離でもあっという間に魚街を抜き二年生にして全国大会一位をかざり三年では出場はなかったそうだ。


「と言う訳さ……。そういえばまだ理由は聞いてないが? 何で三年の総体は出なかったんだよ」

「アメリカに居たからな、その頃は……。それ以上のことは言えないが日本には居ないから総体出場は不可能ってことさ」

「家の理由か?」

「まぁな」


 そういえばアタシの初恋の人もいつかは解らないがいなくなったらしい。慧十に聞いてみるとけっこう気軽に……。


『実は近くにいるかもしれないぞ? その写真の表の日付は俺達が幼稚園にいるくらいの年齢だからな。で、身長もその頃はあまり変わらないはずだし』


 などと言ってくる確かに脱線はしていないが±1歳はあり得る話だ。だがそれは江利子があっさり解決してくれた。アタシは重要なことになればなるだけ頭の働きが鈍くなる。いいや、違う。回せないのだ。こんがらがるとでも言えばいいがアタシは慧十と違って物ごとを整理するのが苦手である。


『あれぇ? お嬢様ぁ? その写真はもしかして卒園式の時のですか?』


 この何気ない一言でかなり人相が絞り込めた。卒園式で胸に花を付けるのは卒園生だけ。写真の切り取られている部分は綺麗に首から上を切ってある。その頃のアタシが自棄になって切ったようだ。だが胸には確かに花を付けている。考えるのはそこまでにしアタシも水遊びに加わった。考えすぎるのはやはりアタシらしくない。アタシはぱっと閃くことで答えを得ていくタイプだ。慧十のようなすり鉢はあたしの頭の中には装備されていない。


『早く……決めなきゃ。慧十はたぶん待ってくれてるんだから……』


 水のかけあいは正直、幼稚な気もしたが始まるとかなり楽しい。慧十は素手で小魚を捕まえて小さなバケツに入れていた。そのあとスキューバダイビングで何故か銛と網を持った慧十が自分の気に入った魚を捕まえて来た時には江利子さんともう一人の使用人さん以外はみな絶句した。もちろんアタシも……。ビーチバレーはアタシと慧十ペアが圧縮! 陸に上がった魚に負ける訳がない。次に江利子さん提案のビーチドッチボールは……。うん……、痛かった。そんな感じで一日は早く終わり日が落ち始めたため別荘に帰り着替をして食堂に集まった。


「明日は皆何したい?」

「う~ん……。私と泳は貝拾いに行こうって話をしてたんだけど」

「うん! いいねぇ。だったら二手に分かれようよ。アタシと江利子さんならいい場所知ってるし」

「やった! アタシ達のほうに江利子さん付けてよ」

「うん。わかった」


 使用人が二人だけで他のメンバーが居ない理由は簡単。慧十がいることだ。何故かアタシの父親は慧十に絶大な信頼をおいている。そういえばよくよく考えてみると彼の正体が一番の謎だ。竹華の情報検索能力でも全く解らない。姉に聞いても笑っていながら『貴方が気づくまでは解らないわよ』と言って教えてくれない。店の人にもそれとなく聞いても解らない。それをまず知りたかった。


「竹華さん準備はいい?」

「もちろん!」


 二人が厨房に入りお手伝いとして江利子さんともう一人の使用人さんが入って手際よく料理を仕上げて行く。慧十がどんなジャンルの料理ができるのかは知らないが竹華とかぶらないようにしているようだ。アタシは慧十に教えてもらい白米の炊き方と味噌汁の作り方ぐらいは覚えているし出来るがそれしかできないため待機チーム入りだ。魚街は論外のようで、並べられていく料理をしげしげと見ながら座っている。さしずめアタシ達はお預けを喰らった犬のような状態なのだろう。魚街はそういう風に見える……。


「でもよ? 何で慧十は何でもできるんだろうな?」

「確かに気になるけど誰もその事実は知らないよね?」

「さぁて……。二人とも! 俺の噂はいつでも出来るが温かい料理が食えるのは今だけだぞ?」

「そうそう! 私が調べてわからないことを聖と泳じゃ調べられる訳ないからさぁ……」


 落ち込んだ様子の竹華の裏から江利子さんの声がした。それはかなり突飛なことだが竹華はそれに食いついていき何やらこそこそ相談している。大凡の予想は付くのだけれどそこでは触れずに楽しい会食をすることにした。


「竹華ちゃ~ん!あとで相談したいことが有るから泳君を連れて来てね!」

「はぁい!」


 食事が終わると直ぐに三人は居なくなった。その時はアタシも慧十も何を企んでいたのかを完全に把握していなかったし全てが解っていた訳でもなかった。実はこれからの予定を変更する手はずだったようだ。元々この洋館には別館がありそこは本館とあまり変わらない設備がある。そこで何かをするらしい。


「ねぇ。慧十……。あの三人はいったい何を企んでんだろ」

「わからんが予想だと竹華さんと泳が別館に移るんだろ?」

「それならつじつま合うね……。そういえば約束覚えてる?」

「あぁ、『三日間だけアタシだけの慧十になって……』だろ? 正直聞いた時はびっくりして言葉も出なかったさ……」

「その割にはけっこう念を押してたよね? アタシもあの二人に便乗して少し慧十をハメるつもりでいたのよ。言ってから気づいたけど三日間で何をしようかってさ……。で、考えて見て出て来た答えはなんか普通すぎてつまらなかったの……。だからアタシも少し違う自分を演じて慧十に悪戯しようかって思ったわけ」

「ふーん。じゃあ、それは俺に対抗してるってこと?」

「うん。だって慧十は全然自分を出してない感じがするもん。まだ二重にも三重にもベールが包んでてアタシが慧十の本当の心に触れられない感じ」

「わかった。楽しみにしてるよ」


 やっぱりアタシは嘘をつけないらしい。顔が真っ赤になっているのがわかるくらい火照ってきた。逃げるようにその場から自室に逃げ込み直ぐに座り込んだ。混乱はまだ収まらない。その夜、夢で見て思い出した遠い昔の記憶。アタシはホントは誰が好きなんだろう? 慧十のことも好きだし、靄がかかった先にいる初恋の人も気になる。アタシって節操無いのかも……。慧十は受け身というかアタシの動きを見ているようだし……。考えても始まらない。アタシはまず昔から続く蟠りとなる初恋の人を割り出すことにした。慧十に答えを出すのはそれからでも遅くは無い。この前の事故のせいでかなり焦ったが慧十が末期癌とかで命が無くなりそう……なんて訳でもないのだし……。今はゆっくりしていくつもりだ。


「はぁ、こうもピッタリ予想が当たると少し悲しくなるな。向こうのアホさ加減に……」

「そう? アタシは慧十と二人きりでいれるから嬉しいけどなぁ」


 昨夜の思案も含めて、早速アタシは違う自分を演じてんいる。これまでとは違い少し積極性を上げたアタシ。竹華にすりこむように教えてもらった通りの甘え方をしながら不本意ではあるが露出の大きな服をきている。今日の午後からはもう一人の使用人さんは本家に帰るため悠々と時間をすごした。江利子さんはこれから別館の二人の世話をするらしくあまりこちらには来ない。そうなると平時の生活のように慧十と二人きりとなる。だが、少しシチュエーションに違いがあるのは大きい。まずはここが別荘だと言うことだ。そこで二人きり……。慧十は不純な思想が無くても俗物なアタシにはそういう念が渦巻いてしまう……。恥ずかしい。


「確かに穴場だ。これだけ綺麗な貝がある場所もそうないだろうな」

「いくらでも拾ってっていいよ。アタシは小さい頃からここによく来てたから貝はたくさんあるし」

「あぁ、遠慮無くもらってくよ」


 慧十は持って来ていたウエストポーチから大きさの違う袋を数枚出して種類や大きさごとに分けながら詰めていく。作業が終わると慧十は立ち上がりアタシに合わせて歩きだした。海岸線は綺麗なカーブを描き空気もこのあたりは綺麗だから遠くの岬まで綺麗に見えた。今日は露出が大きく、少し薄い服装をしているアタシ……慧十も少なからずそれは意識しているらしく……いつもと違うクッションをつけてアタシを包みこんでくれているのだ。


「ねぇ、手……繋ごう?」


 視線を前に向けたままアタシは慧十の手を探り当て手の甲をなでながら呟いた。いつもよりも大胆にしているつもりでも性格までは変えられない。慧十が手を握ってくれた後はやっぱり顔が真っ赤になっていたようだ。耳まで熱い……、こんなときでもポーカーフェイスのできる慧十をこの時は本気で羨んだ気がする。でも……、残念なのはこういう時でも彼の本心を知ることができないことだ。


「早いね……時間が経つのってさ。もう夕方だよ」

「確かに早かったな。今日は戻ろうか」

「うん」


 二人で砂浜に座って話していた。先に慧十が立ち上がってアタシを起こしてくれたあと、すぐに首の後ろへ腕を回しキスをした……。慧十はさして驚く素振りは見せなかった。優しくアタシの背中の後ろに手を回し抱きしめてくれる。少し筋肉質な腕だがその時は柔らかだったきがした。慧十……。


「何でこういう時も柔軟に受け身姿勢で受けちゃうの?それじゃあつまんないよ」

「さぁな、それが俺なのかもしれないぞ?相手に合わせて形を変える」

「……。まぁ、いいか。アタシが慧十に負けなければいいだけだし」

「果たしてそんなことが出来るのかな?」


 意地悪い微笑みだが明るさはある。夕食は無理難題を押し付けたつもりだったのにあっさりクリアされてしまった。でも、アタシが少し自分に正直になっただけでかなり進展した気がする。そして、慧十が例の初恋の相手の話題に触れた。


「そう言えば聖のその写真の男の子さ一応どこの出身かまではつきとめるのは簡単なんじゃないか? その幼稚園の園証に見覚えない?」

「そりゃぁ……。アタシの行ってた幼稚園だし覚えてるよ……」

「その子も同じなら名簿に載ってると思うんだ」

「それだ! ……って言ってみたけどさ。今は慧十に集中したいの! 初恋の人のことは今は言わないでよ。アタシだってこれでもけっこうサービスしてるんだからさ」

「確かにな。いつもならそんなに露出してない気がする」


 そこはにこやかに言うセリフでは無いだろと思いもしたがこれが慧十の表の顔なんだと諦めたアタシだった。夜の8時を回り慧十は何やら楽しそうに貝殻に細工をしている。少し大ぶりの貝殻をナイフやヤスリで形を整えながら削り出して最終的には何かをはめ込む物になった。それをさらに珊瑚や小さな貝殻を使い装飾しコルク板の上に幻想的な造形ができた。


「それ何?」

「指輪を貸しな……。で、ここにはめる。取る時は裏から指を入れて押し出す。我ながらよく出来たよ。あとで速達で送ってもらうつもりだから楽しみにしてな」

「でもさ。慧十の指輪が入る所が無いじゃん」

「心配するな。後から仕掛けの説明してやるから。指輪も俺のデザインだから出来ることだけどな」


 アタシだけの慧十の1日目は終わった。次の日は近くの街に行くつもりだ。この辺りは静かだが少し人里に降りると賑やかな商店街が現れる。アタシはそこが好きだった。けして都会ではないけど賑やかで活気のあるその街が……。ここは観光や釣りなどで栄はしているけれど街の人々が活気にあふれた商売人だからなのだと思う。ここはそういう街だ。


「確かに良い所だな。活気があって何より街の皆さんが元気だ」

「もぉ……。今日は視察に来た訳じゃないんだからさ! アタシとデートなんだからそういう言葉言わないの!」

「悪い……。つい癖でやっちまうのさ、だけどこの街なら学ぶ所は多そうだな、こんど見繕って留学生を送り込むかな」


 何故か流れに乗ればあんまり恥ずかしくない。慧十の手を握って歩いていく。この街の発展にはアタシの父親が一枚かんでいる。自治会に発展案などを提供して促進を促したらしい。アタシはよく知らないけどアタシが通るといろんな人が声をかけてくれる。慧十がいてもお構いなしに……。


「お嬢様! えらく久しぶりだぁ! 隣の人はいい人かい?」

「久しぶり! おじさんも元気だね! 何年も経ったるのに全然変わってないもん」

「いやぁ。嬉しいこと言ってくれるねぇ。お嬢様は別嬪さんになられて! 見違えちゃってよくみないとわからなかったよ。これ持ってきな! リンゴだよ!」

「ありがとうございます」


 噂が広がるのはかなり速いアタシが来ているこがすぐに街中に知られていた。商店の店主さんから出店のおじさんやおばさん。果ては小学生や中学生にまで知られている。だけど大抵の人は言うことは同じだった。


『お嬢様! 久しぶりですね。その人はいい人ですか?』


 嬉しいけど正直恥ずかしい。アタシが主導権を持っているため慧十は素直について来る。たまに立ち止まっているが直ぐに追いついてきてアタシの話をきいてくれるのだ。彼は空気に溶け込むのも上手い。アタシではまねできない。


「慧十はどこか行きたい店はある?」

「まぁ、あるとしたら道具と料理用具が欲しいな。あとは無い」

「じゃぁ案内するよ。大概のものはあるからゆっくり見てってよ」

「自分の家みたいなものいいだな。まぁ、いいけどさ」


 アタシと慧十はその日一日楽しく買い物をし和やかに過ごした。周りの人達からいろいろな物をもらったりしながら街を歩いた。夕方に一度別荘に帰り荷物を置いて再び歩いて行った。そして、入って直ぐの出店のおじさんが慧十を捕まえて何やら袋を渡して出店をたたみ帰る準備をしている。慧十が少し手伝っているのを近くのベンチに座って見ていたアタシ。暫くすると慧十が帰って来た。


「どうしたの?」

「あのおじさんの奥さんが聖にってこれ。くれるってさ。あとは明日の夏祭りに来てくれとさ」

「へぇ、楽しそうじゃん。行こうよ」

「あぁ。あのおじさんには大役を頼まれたしな。四人の内の二人で……」

「は?」


 その後も少しぶらぶらし別荘に帰った。アタシは袋から綺麗な模様の浴衣を出して一度着てみた。ぴったりだ。慧十の方は買った物の整理をしながらこちらを見ていた。袋の中にはもう一着衣装がありこちらは男物のようだ。ここぞとばかりにアタシは慧十に押し付け着てもらうことにした。


「似合うじゃん!」

「そうか? なんか男衆が足りないらしくてな。断りきれなくて……で昼間に俺がもらってきたのが魚街夫婦用で今着てるのが俺ら用らしい」

「じゃぁ竹華も来るんだ!」

「あぁ、ついでに泳もな」


 その夜ははっきり記憶に残ってしまった。浴衣をたたみ、慧十も神輿の担ぎ手用の服を脱いでシャワーを浴びて部屋にいた。何やら日記らしき物を書いている。その手元にはエメラルドの指輪がありライトの光を反射してキラキラと輝いている。アタシは勇気を持ってドアをノックした。


「慧十? まだ起きてる?」

「あぁ、ドアの隙間から見てたからわかってるだろ?」

「むぅ……。しょうがないじゃない、見えたんだから」

「フフ……。そういえば気付いてるか? 自分の言葉使いが変わって来てるの」

「うん。誰かさんに気に入って貰うためにね」


 その後はアタシが慧十に近づき背伸びをしてキスをした。大分前や昨日とは違い少し長めにした。アタシはやっぱり赤面しているようだ。直ぐにドアの前まで小走りに退いていきドアの前で慧十に向き直った形を取った。


「おやすみ!」

「おやすみなさい」


 最後に慧十が何かを呟いた気がしたが聞こえなかった。そのまま部屋に帰りアタシは直ぐにベッドに潜り込んで目を閉じた。


『おやすみなさい……。プリンセス』


………………………

   次の日

………………………


 昨日よりも熱気に溢れた街は更に活気付いている。商店街の各店も店長を中心に揃いのはっぴを来て盛大に売り出しをしていた。午前は自治会の集まりはなく午後から集まるらしい。アタシ達四人と江利子さんは街をぶらつきながらはしゃいでいる。特に魚街夫婦と江利子さんが……。


「聖ぃ! おいでよぉ! いろんな物が安くなってるよ!」

「はい、はい……。今行くよ!」

「お~い! 慧十ぉ。こっちに面白そうなの沢山あるぜ!」

「わかった……わかったから」


 楽しいがこのままだと夜まで体力が持たない。昨日は慧十にキスをしてしまったせいでドキドキしたままで寝着けなかったアタシ……。


「皆! 特に慧十君と竹華ちゃんは体力残しておかないと大変だよ! お昼には祭が始まる儀式があるんだから。『弓取り』は今年の豊作と大漁を祈願する大切な儀式だから失敗は出来ないのよ?」

「はぁ~い」

「わかってますよ」


 そう、アタシと泳は弓取りという神事の矢取りが役目。海に立てられた的と山の上にある神社の方向に向けられた的が割れるかで豊作大漁を占う儀式。大役は慧十と竹華だ。弓矢で的を射抜くのはこの二人。近年は誰一人として的に当てる者は居ても射ぬ抜いた者は居ない。的を射抜けるか期待がかかっているのだ。


「……」

「なに? 珍しく緊張してるの? 慧十君」

「これだけ沢山の人の前で始めて弓をひくんだからな。緊張しなかったらおかしいだろ?」

「あれ? 慧十君って人間だったっけ?」

「顔が見えないからって解らないと思うなよ? 声真似は意外と上手かったけど流石に誤魔化せないぞ。聖……」

「やっぱりバレてた? でもさ、少し意地悪するって言ってたからいいよね?」

「フフ……。じゃぁ、もっと驚くような悪戯をこっちも考えておかないとな」


 遂に始まった。慧十が岡の的、アタシが海の的を狙い合図と共に矢を放った。


『おおおぉぉぉぉ~!』


 慧十が放った矢は的の数メートル後ろにある木の幹に刺さっていた。アタシの放った矢は的と共に波に揺られている。


「アイツらやりやがったよ。数年ぶりにだったか?」

「うん、さすが愛の力かな? やっぱり慧十君の正体はわかんないけど昔に面識があるみたいなのよねぇ」

「じゃぁさ。どっちかが気付いてないってことじゃない?」

「確実に聖だけどね……」

「だよなぁ……。あの天才が変人が忘れるわけないしなぁ」

「俺のことか? その変人ってよぉ」

「げっ……」


 その後は二つの神輿が広場でぶつかりあい天災がふりかからないように祈願しながら。


「でもさぁ、二人とも凄いバランス感覚よねぇ」

「江利子さん!? いつの間に着替えて……」

「貴方達が盛り上がってる時にこっそりね」

「…………。でも、ホントに二人ともよく落ちないよねぇ。慧十も魚街君も楽しそう」

「そうだねぇ~。聖も混ざって来たら?」

「無理言わないでよ」


 夏休みの最高の思い出になった。残りの滞在期間も楽しかったし江利子さんと暫く会えないのは寂しいがアタシ達は自分達の家に帰って来た。夏休みが終わる頃に慧十が作っていた指輪の造型が送られてきて最後の仕上げと言った意味がやっとわかった。填め込める指輪は一つではない。これまで慧十が作っていたものが全て填め込まれ左右の均衡が美しい飾りは今は居間の飾り棚に置いてある。それを見る度に思い出す。あの夏の思い出を。

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